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まっ晴れ!
2009・5・30


on the table
 
 pattern-a
 

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実験
2009・5・29


新発明ちゃう?!
 
 
「きょう フリールムでH君がストロボのヘッドにアンブレラを逆さに挿して
『オパライトに出来ないかな…』ってやってたの…」
と キリン樽生のコックを押してジョワジョワと注ぎながら話す
どーやった?
と 熊本の米焼酎「しろ」に厚めのレモンスライスを入れ 
ソーダサイフォンからブッシューと炭酸水を注ぎながら聞く
「でも、意味が無かったよーだけど、傘トレの円錐が長いのが東京で流行っているらしくって…」
と 8月物のミモレットをピラーで薄く引いてパクリ
意味ある?
と 2ヶ月物の生ハムをスライスナイフで薄く引いてパク
 
「スタジオ中に拡散する分、光が回りやすいんじゃーないかな…?」
せやけど… 部屋全体が白やないと 意味は無くなるな…?
「確かにね…」
さっきの 傘を逆に挿すってゆーてたけど…、ヘッドの先の方に梨地加工した
 ステンの円盤を取り付けたら おもろいんとちゃう? 
 その円盤に穴を幾つか開けたら、柔らかいけど芯のある光になるんちゃうかな…
 試しに… T工芸さんに作ってもーてみー それって 特許 取れんのちゃう……
云々延々と 
スケッチをする けふこの頃ワタクシらであった。
 
 
まるで造花のようです
2009・5・28


風音コンテスト vol.11
 
 
一等賞 「iei」 小嶌恵実さん
 
70年代のROPEロペの広告を思い出しました。
写真家 沢渡朔さんの作品だったと思うんですが…
ヨーロピアンでフェミニンでアンニュイで、素敵だなぁ。
 
 
二等賞 「がんばりましょう」 遠藤奈保子さん
 
なんか…分っかるなーー!的な写真です。
ギョウーカイですかね… この可笑しみは?
 
■三等賞   該当者無し




その名も白蝶草
2009・5・27


大阪の洒落言葉 S
傾向と対策
その二の巻
 
 ■ちーとも分かれへんわー 
 
元ネタは人見きよしさんのギャグ
「ほーんと?ちーとも知らなかったわー」で
朝日放送のTV番組『スチャラカ社員』から流行った。
昭和36年〜42年
 
 
 ■お呼びでない 
 
植木等さんが流行らせたギャグ
TV番組『シャボン玉ホリデー』でほぼ毎回使われていたフレーズ。
「お呼びでない?こりゃまた失礼しました…!」これが完結型です。
昭和36年〜46年 
「頼んでいない」「不必要」「邪魔もの」的な意味
 
 
 
 ■トサカにくる
 
映画『お姐ねえちゃん』シリーズで使われていたギャグ
昭和35年〜38年
「腹が立つ」「頭にくる」の意味





基本は純和風
2009・5・26


大阪の洒落言葉 S
傾向と対策
その一の巻
 
 
 ●はじめに
 
この『洒落言葉』を思案していたとき、関西が新型インフルエンザで
大混乱をきたしておりました。
知事が終息宣言(?)を出したので、今後は日常生活を取り戻すと思います、が
そんな錯綜する情報の中に『1957年以前に生まれた人は免疫を持っている
可能性がある』と米国の権威のある所から発表された記事を読みました。
 
ワタクシは1951年に生まれなので(へぇ……!?)って思い、子供の頃の流行性疾患を考えました。
 
(そう云えば…あの頃…おたふく風邪って2〜3年に1度 流行って学級閉鎖がよくあったな…)と
そこで おたふく風邪に関して調べました。
 
おたふく風邪は1967年に対抗ワクチンが開発され、今では予防接種が半常識化しているので
蔓延することなく、過去の伝染病みたい思っているようですが、実は「現役」らしい。
 
ワタクシは遅まきながら25才のときに、こいつにやられて自宅監禁を1週間ほど強いられた経験者。
 
それが 複雑に関連して「ムーンスタースタジオ」を退社の原因となりました、が
それはそれで『今昔8っちー物語』に登場する話でしょうから、また 後日……
 
そんなこんなを考えて『新型インフルエンザ≒おたふく風邪』と頭の中でミキサーをかけ公式化し
この「洒落言葉」の文章を書き始めました。
 
実際 ワタクシ 小学校のとき、始業前にあるヤツがだるまストーブにあたってゝ
ポーっと顔が赤く、ホッペが少々膨らみ気味に、金網の柵に寄っかかているのを 
保健委員の女子が発見、そいつを保健室に連れて行って、おたふく風邪と判明!
そして 授業の前に早退していった…。 
で、ワタクシ(なんや…簡単に学校休めるやん…)と 阿呆的に解釈し
その金網に自分の頬をひっつけた記憶を 思い出し/\ アンポンタンな話が出来ました。
 
 
まだ人少なめ(ヨドバシ梅田前)
2009・5・25

大阪の洒落言葉 S
 
夜明けの行灯
 
今にも雨が降りそうな曇り空 
校庭のアジサイの蕾みが淡い赤や青に色づきはじめている。
 
チエ子は教室の窓に頬杖を付きながら、ぼんやり 外を見ていた。
 
傘をぶら下げた生徒らが蟻ん子のように、ぞろぞろ正門に向かって入っていく。
 
「8人 休んだら 学級閉鎖や!」と大きな声が聞こえた。
「きの6人やったから… あと2人やなー」と誰かが答えている。
教室の扉がガラガラガラと勢いなく開く音がした。
「おっす!」「めっす!」「……」
「小山!『きっす!』いわんかー!」「……」
「おまえ!顔 あげてみー!」「こっち向いてみーや!」
「小山 おまえ! おたふくちゃうかー?!」  
「顔 まっ赤っかー や…」「マスク、取ってみー」
 
のろのろと小山クンは自分の席につき、机の上にどっと伏せた。
「おい!保健室 行こ!」「行け!おまえって!」
まったく 動かない 小山クン マスクを取って荒い息をしている
「先生にゆーてこい!」「うん!」バタバタバタ…
 
しばらくし、京子先生が教室に入ってきて小山クンを連れて行った。
 
「小山 おれへんようになったら…」「あと1人やで」と聞こえた
ぼく 1っぺん 学校 休みたいわー」とアホの正男がおっとりと喋りだした
「おまえの家 母子家庭やから 休んでも 誰も 家におれへんやんけー」
この前 白い犬 拾ぉて飼ぉてんねんけどなー 昼間 どーしてるか心配やねん…
「正男、おまえ 犬の面倒みたいから 学校 休みたいんかー?」
シロの前足の右手なー 大ケガしてゝ歩かれへんねん…
「前足の右手って なんじゃ?! ちーっとも分かれへんわー」
ほんでなー うっとこのなーシロのなー目ぇなー
「正男!およびでないっ!もーえゝ、トサカにくるなー」
せやけどなー
「もー、夜明けの行灯!」「なんや、それー?
「うすぼんやりでウスノロやん」と 思わず チエ子が答えてしまった。
 
1時間目のチャイムが鳴り、京子先生が入ってきた。
 
「今朝、小山君がおたふく風邪と診断されました。」
教室全体をゆっくり見回しながら、静かに話しはじめる
「両隣りのクラスも学級閉鎖になってますが、手洗い、うがいを
家に帰ったら ちゃんとするようにして下さいね…」
 
その日はみんな学級閉鎖の話でもちきりだった。
 
授業が終了し チャイムが鳴り、ガヤガヤと家に帰る準備の教室
アホの正男が、小山クンの席に近づき、机の中を探っているのを
チエ子は見た。
正男は小さな白いモノをポケットにさっと仕舞い、駆け足で、教室を出ていった。
(あれは… 小山クンのマスクや… 絶対に…)とチエ子は思った。
 
いよいよ雨は本降りになり、傘の下は白いマスクの顔が多くなった。 
 
 

赤の世界
2009・5・23

紫陽花
 
 
アジサイは好きです
でも
そのあたりの季節がど〜もですね
 
沖縄は季節inしたらしい



ユキノシタ
2009・5・22


ソーダサイフォン
 
 
気温計が上昇するにしたがって、喉越し爽やか すこぶる炭酸系ですね。
「まずは…ビール!!」よりも強めのトニックのきいたアルコールの方が、好きかも…
こゝ数日 二日酔い気味になるほど「STOP!」がきゝません。
 
昨夜 酔って、ソーダサイフォンのステンの塊のフォルムを見ていて
つくづく(キレイやな…)と思い写真を撮ったんですが、ご覧ください…
 
妻が写ってます…、心配そうな顔をして…、立ってます…。
 
台所から居間に戻ってきて「なにしてんのん?!」的シャッターな瞬間でした。
 
※ 写り込み商品には気を付けよう!! ※


子供のころの苦い思い出
2009・5・21


舞台
 
 
きのうから下の写真のベンチがデカくなってるの… 
…分かりました?
 
ベンチ下の芝生を刈るために移動したからです。
 
・・・なんども言いますが 下の写真は‘愚妻’が撮ってます・・・


いい天気!Niceな模様
2009・5・20


Soda siphon
 
 
炭酸水製造器です。
つまり
ハイボールができ
ジントニックもつくれます。
勿論
酎ハイも…
カルピスソーダも…
じゃあ
スパークリングワインも…?


色づき始めました
2009・5・19


ミミナール
 
 
10年来の持病の「耳鳴り」キャリアなワタクシ
最近 TVで耳鳴治療薬のコマーシャルを見るたびに
(嘘やん…効くのん…?)って 思いつゝも… 
妻にお願いして ついに 買ってもらいました。
取説(?)の「効能・効果」を読んで、ビックリ!
 
  ・耳鳴症・皮膚炎・じんましん・にきび・吹出物・肩こり
 
こっ、これって… なんか… 万能薬 じゃん!!
落語の枕噺の「何にでも効く葛根湯」ちゃうん?
もっともっと、目を細めて読みすすめると
 
  ・長期連用しないこと
  ・5〜6日間服用しても症状がよくならない場合、直ちに服用を中止…
 
なんて… 薬品として、曖昧模糊やな…
次は 拡大レンズで「成分」を読むと
 
  @ニコチン酸アミド Aカフェイン水和物 etc…
 
これ… ヘビースモーカーのワタクシに 
まだまだ「ニコチン」を摂取せよ!
とか…
毎朝のカップ3杯のガブ飲みコーヒー以外に
もっともっと「カフェイン」摂取を… 強要?
とか…と 思いつゝ…
残っている もう半分を「絶対に消化するぞ!」と決意する 
けふこの頃のワタクシです。
 
直ちに服用を中止」した方が、えゝんとちゃう???
 
 
カラスも行水するんですね。
2009・5・18

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繰り返しの美
2009・5・16


SweetS
 
 
 
初夏やかなゆるめ陽射もと、できあがりました… セミドライトマト
 
EX.Vのオリーブオイルに漬け込んで
 
きのう カナッペでトッピング
 
「セミ」だからフルーティーな甘味
 
オイルの底に、少しこがしたペースト状のガーリックが沈む。
 
 


スミレ〜の はぁ〜なぁ 咲くころ
2009・5・15


ドライトマト
 

 
きのう  風か強く
干し網かご  ブ〜ラブラ 
揺れてます
ハーフカットした
ミニトマト 
塩 少々
レンジで 数度 強制乾燥
そして 
自然乾燥入ります
 
まだかな… ? ワク!ワク!
 


♪グリーン グリーン♪
2009・5・14


 歌は世につれ S
傾向と対策
B
 
 ■制帽廃止
 
あの頃から世の中「学生運動」が頭をもたげて
やけに「学校側」がピリピリし「学生側」の言う事を
妙に受け入れていたように思います。
「制服・制帽の廃止論」が出て、とりあえず制帽を廃止を訴えてた
時期で、この文章の少し後に全校集会で廃止が決まり
翌年4月から完全実施されました。
 
違う学校のある友人は「自主的に制服制帽を廃止てん」
と息巻いて一人で私服で登校したり、「校門をバリケード封鎖した」や
「デモでポリに勝つために、空手部に入ってん」と勇ましいヤツらも
いましたが、 ワタクシはいたってノホホンのノンポリでした。
 
「制帽廃止」に関しては 大阪で一番か…は 不明ですが
かなり早い時期に「獲得した権利」でした。
 
※ノンポリ 「nonpolitical」
政治(学生)運動(問題)に興味を示さず、お尻、ポリポリかいている阿呆タン。
 
 
 
 ■コートの襟を立て…
 
あの頃は「アイビー」ルックが全盛期でした。
コートといえば「ステンカラコート」をみんな着ていたように思います。
ワタクシも無印普通品のポリエステル100%の濃いベージュのを着ていました。
金持ちのヤカラの「ステンカラー」は「VAN」とか「J.プレス」だとか
で、威張ってたし、制服も「制服風」だけど、テーラーで誂えたアイビー仕様な
制服を着用してイキがってました。 靴は「コイン・ローファー」でした、ね…。




ひと雨ごとに青くなる
2009・5・13


歌は世につれ S
傾向と対策
A
 
 ■レット・ミー・ゴー / シャープ・ホークス
 
この話の、さかのぼること 2年 昭和40年 1965年
勝ち抜きエレキ合戦」とゆー番組がありまして
GS期の前にエレキ・インストのブームがあって
ベンチャーズ・ブーム
その頃のTV番組で、最近の「イカ天」のような
勝ち抜きオーディション番組がありました。
 
毎回、そのテーマ曲をステージで歌っていたのが 
「シャープ・ホークス」であったので、それなりにキャリア組なんですね。
 
♪燃えろ 燃えろ エレキ〜 若さで ぶつかれ エレキ〜♪ 
 
と ちょっとチンプな曲でしたが 一度聞いたら忘れない曲です。
 
シャープ・ホークスはボーカルのみで、バックバンドに
「シャープ・ファイブ」を従えてる、変わった編成のGSでした。
 
そのコーラスに、あの「安岡力也さんが低音部を担当していました。
コーラスと言っても… ほんとうにハモる、と ゆーより
「叫ぶ」とゆーか「荒々しく」「野生味」で「粗暴」が「売り」で
キレイにハモリをするのが目的でもなかったみたい……
 
「力也」さんはカッコよかったので、それだけで持っていたよーな気もしますし
低音強調のグループコーラスやったんかな…… と…
 
そんな「シャープ・ホークス」の代表曲は
『ついておいで』『遠い渚』『海へかえろう』そして
C級ヒットの『レット・ミー・ゴー』 ワタクシの思い出の曲です。
 
 
・正式には『レット・ミー・ゴー!』で、最後にビックリ・マークが付きます。
・GS界でケンカが一番 強かったらしい…
 
 
人待ち顔
2009・5・12

歌は世につれ S
傾向と対策
@
 
 ■ヤング720(以下ヤング)
 
自宅の「美章園」から「新今宮」にある高校までは
30分位で登校できたと思います、が…
「ヤング」は 7:20〜8:00 だったので
8:30の始業時間にはギリギリ間にはあったんでしょうが
それは、それで… 焦りながら、見てましたね。
 
今は初老の「関口宏」さんや「由美かおる」さんなんかの
当時のヤング代表の男女のペアが毎日々替わりで
司会進行する、若者の情報番組でした。 朝日放送6チャンネル
 
ヤングミュージック・コーナー」ってゆーのがあって
でGS(グループサウンド)が聴けました。
GSの黎明期は、TVでほとんど見かけず…ラジオがもっぱらでした…。
TVスタジオで収録した歌番組では「口パク」がほとんどですが
「ヤング」はGSで、朝の早よから♪ドンガチャ♪なので
親たちは渋い顔をしてましたね…。
 
MCが喋っている裏で アンプにプラグを突っ込んで
「ビーッ」ってゆーノイズが普通に聞こえてたし
なので各GSの「上手い」「下手」が よく 分かりました。
 
「マリー・オリギン」とゆう魔女みたいな人がでて
「星占い」のコーナーもあったりし
学校で「きょうの俺、○○に要注意やねん!」って
言い合ってましたね…。
 
現在の朝の情報番組の「占いコーナー」の
さきがけやったんやなあ… と 思います。
 
 
 
 
GWの思い出
2009・5・11

歌は世につれ S
 
レット・ミー・ゴー
 
昭和42年 年末
サンセット77」の主題歌をパクったような、番組スタートのジングルが聞こえてきた。
スキャットのコーラスの中から ♪センブ・ツー・オー♪ と聞こえると、胸がワクワクしてきた。
 
朝のテレビ番組「ヤング720」は高校へ登校する時間のギリギリの7時20分から
はじまるので、いつもヤキモキした気分で見なくてはいけない。
 
「さて、きょうのヤング・ミュージックのコーナーは『シャープ・ホークス』さんの新曲
 『レット・ミー・ゴー』をお聞きください
 
( なんや…『ホークス』か… まっ、「力也」の顔でも見よか… )
 
YouTube http://www.youtube.com/watch?v=FDcbXbb_44o
 
かっこえゝやん…!!!
 
ドラム・ソロでガツン!と入ってくるのん、えゝなぁ…
力也」の態度のデカイ歌い方、えゝなぁ…
単調なんが、えゝ… 
なんか… 体 揺すりたなるなぁ…
えゝ 感じ や………!!!
 
学校へ向かう満員電車の中でも…、駅から歩いて友達と会ってダベっていても…
授業中でも…、昼飯を喰いに学食のガヤガヤした中でも…、終了のチャイムが鳴ってゝも…
頭の中に ♪レット・ミー・ゴー♪ がグルグル回っていた。
 
「苦労田 きょう 執行部の集会やから 頼むなー」
と 竹中が話してきた。 
彼はクラス委員長で、ワタクシは「副」であった。
 
「議題の【制帽の廃止】についてやけどなぁ ボクぅ 必要やと思うねん…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「今 制帽って… 制服のホコリ拭きみたいに みんな 思ぉてるけど…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「なんか… 制帽かぶったら、心がピシッとする やん…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー♪ 
「みんな ズボンの後ポケットに、クシャクシャにして入れたりして…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「ツバなんか… こー ヒン曲げて 山型みたいにすんのが…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「座布団みたいに… 椅子に敷いてるヤツ おるやん… 」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「日頃 街 歩く時でも 制帽かぶってたら ヘンな気ぃ起こせへんと…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪
「先生側も『出来るだけ廃止は止めた方が良い』って言うて…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
 
陽がとっくに落ちてしまった、集会場は
色んな意見が飛び交い、熱気ムンムンで暑かった。
集会も終盤に差し掛かり ワタクシにも意見を言うように、指名が掛かった。
 
「実際… みんな かぶってないし… こゝらで 
みんな そろって スカッと爽やか 制帽廃止 コカ・コーラだと思います…。」
 
ドッとみんなが笑った。 
雰囲気が一変したのを感じた… 制帽は廃止の方向へ向かう…。
新今宮の駅のベンチ、竹中とダベる。
ホームへの風は穏やかだが、みんなはコートの襟を立てゝいた。
二人は さっきまでの熱気が続き 寒さも気にならなかった。
 
「苦労田… おまえ… 反対やったんか…」
「ほんなら… 集会の前に ゆーてくれたら えゝのに…」
 
頭の中で、あの曲のスタートのドラムがダダダ鳴り響いた!
 
「制帽は 学生の「あかし」で こゝで 廃止したら…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「自由と「身勝手」の境界線って 難しいやん…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「学級に返って どーやって みんなに報告…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「宮川や中田らなんか 猛反対で『絶対、反対 頼むで…』って…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
「大井先生も うちのクラスは反対の姿勢でって ゆーて…」
  ♪ レッ・ミー・ゴー ♪ 
 
「苦労田! その レミゴ 止めや!」
 
ワタクシは、小声で唄ってしまっていた…。
師走の冷たい風が 一瞬 竹中とワタクシの間に 大きく吹き去った。
 
学生の「自治確立」「自主性」などと、声高に叫びだした 時代だった。
 
 

気持ち良い広がり
2009・5・9

生ハム作り思うこと…
 
 
生ハムとは塩漬けにした豚肉を、ただ乾燥(脱水)したものです。
簡単に言ってしまえば。
燻製にするかどうかは 置いてですが…
冷蔵庫で約1ヶ月で自家製の生ハムはできますよ。
 
要は、乾燥がポイントです。
 
「ピチット」と言う商品名の脱水効果のあるシートで包み
それを 何度か繰り返すと…
あら!不思議!? 勝手に「生ハム」完成!!! でーーす。
 
で、この「ピチット」が えゝ値ぇしてゝ
そこら辺のスーパーなんかでは売ってないのが難点です。
 
そこで 考えたのが…
「脱水」ゆーてるけど、ほんま「吸水」と 違ゃうのん?
もし「吸水」やったら「高分子ポリマー」で えゝんちゃう?
 
「高分子ポリマー」でシート状になってるヤツで 安価で
そこら辺にあるって… 「ペット用シーツ」やん…?
 
ほな…! 肉を「ペット用シーツ」で包もか…!?
 
まぁ… どっか 抵抗感あるけど、な…… 。 


なんて つまらないことを 
考えている 昨今なワタクシです。
 
 

黒光り
2009・5・8

今昔8っちー物語
A
傾向と対策
 
■ヒット曲
「昭和52年 初夏」と書いたのに 「時代性」を書くのを忘れました。
’77の初夏の頃、スタジオ内やラジオでよく流れてた曲といえば…
 
・渚のシンドバッド / ピンクレディー
・勝手にしやがれ / 澤田研二
・暑中お見舞い申し上げます / キャンディーズ
・北国の春 / 千昌夫
・ホテル・カルフォルニア / イーグルス
・ダンシング・クイーン / アバ
・ロッキーのテーマ

 

■「先生」
あの頃… 
「先生」とゆう言葉 ちょっとだけ「生き」てましたね…。
「徒弟制度」の残骸やらも 少々 残ってました。
「徒弟制度」や「丁稚奉公」の良い点と言えば
「暖簾分け」がありました。
5〜6年間 助手を務め、「先生」の仕事の一部を
分けてもらえる時代があったのですが
昭和40年代で「のれんわけ」は終わってました。
ただ… スタイリスト系の方が「先生! ちょっと
入ります!」と撮影中に言ってた記憶がありますが…。
 
今でも研修スタッフの質問で「カメラマン様には
やっぱり『先生』と呼んだ方が良いですか?」と 
たまに聞かれます
 
 
まるで額縁のように
2009・5・7

今昔8っちー物語 A
 
昭和52年 初夏
 
「おはようございます…」
8っちーは 少し 照れながら言った。 
(昼の3時に「おはよぉー」なんて…やっぱ、ヘンやわ…)
こゝムーンスターの「スタジオさん」になって、やっと1ヶ月。
 
さよならの挨拶も「お疲れ様です」ってなんか「ギョーカイ人」みたいで
気恥ずかしさが、まだ残っていた。
 
「君、きょうの担当?」『はい!』
「ほな スーペリアのスーパーホワイト、6メーター用意して」『はぁ?』
「バック紙!白のバック紙!」『はい!6メーターですね!』
「きょうは物撮で、切抜きのカゲイキやから」『カゲイキ…?』
「切抜きやけど 影は生かして使うから キレイにバック紙、貼るねん」
 
宇多さんは「先生」のアシスタントを6年もしていると紹介された。
 
ガムテープで仮留めされた3m×6mのバック紙に
宇多さんは真っ白な靴下に履き替えて、静かに乗った。
 
ポンプ式の霧吹きを 宇多さんは 眉間にシワを寄せ 霧を噴出し
輪を描くように回しながら、正確に足早に横に移動していった。
 
「ガムテで引っ張っるぞ!」と宇多さんが大声を張り上げている。
隣のスタジオからヘルプにきた先輩の沢尻さんに、小声で質問した。
『これ、なに してるんですか?』「え〜 水張りや…」『は〜?』
「水でバック紙、ビチャビチャにして、4方をガムテで引っ張りながら
貼んねん ほんで、ガンガンにバック紙を乾かしたら、ビンビンになんねん」
 
沢尻先輩は手馴れたもので、宇多さんと呼吸が合っていた、が
8っちーは どーも 足を引っ張っているようで
宇多さんから「おまえクーラーを「最強」にして、スカイを全部
点灯する用意しとけっ!」と作業から、遠ざけられてしまった。
 
ピーンと貼られたバック紙、最初の「商品」が中央に置かれた。
広々とした真ん中に、20cmのガラスの灰皿が、静かに置かれている。
 
宇多さんは4×5カメラをセットを終え、「カブリ」を被ってゴソゴソっとし
「よしっ!」と小声で呟いき、意を決したかのように、ルーペを置いた。
 
スタジオの外は真夏日、スタジオのクーラはバック紙を乾燥させるために
「最強」の15℃なので、とても寒い、 また反対に ホリゾントの方に行くと
スカイがガンガンに照らされていたので 超熱っちーちー!であった。
 
「先生」が来られた。
 
スタスタと4×5カメラに直行し、ピントグラスを睨みつけ
「よし!ポラ!」と左手を宇多さんに差し出し、ホルダーを受け取る
右手は肩の辺りに構えた。
「おい!レリーズ!」と宇多さんは8っちーに押し殺した声で叫んだ。
8っちーは恐る/\「先生」の構えた不動の右手に、レリーズ先をそっと置いた。
 
撮影は5カットで終わり、日没頃には終了した。 
「お疲れ様でしたーっ!」とギョーカイっぽく大声を出した、8っちー。
 
「先生」はサッサとスタジオを出て行ってしまい
宇多さんも撤収準備を終えて「ほな!」とスタジオを出ようとしたので
『あの…このバック紙…?』と聞いたら、「捨てといて…!」と
言われたので 8っちーはビックリした。
だいたいのお客さんは「持って帰るから」と言われて
丁寧に巻いて お渡しするのに… (太っ腹やなあ) と思った。 
 
8っちーはほとんど汚れていないバック紙の真ん中にカッターナイフを刺してみた。
パーン!という音がスタジオに響き渡り、バック紙が裂けた。
 
誰もいなくなったスタジオで、8っちーは 一人だ
1mはあるバック紙の大玉を作り
それを蹴飛ばしながらキャッキャと遊んだ。
と、そこへ
「先生」が突然、スタジオに入ってきて
8っちーのサッカー遊びをあきれ顔で見た。
「きみー名前は?」と問われて『はっ、8っちー です!』と元気良く返す、と
「おぅ お疲れー、8っちー君、がんばりやー」と飴チャンを1個手渡され
ニカッと笑いながら 握手を求められた。
 
「彼ぇー」や「そこの彼女ぉー」とか
「ムンスタ」「そこのん」とか と
いっつも呼ばれていたので
はじめてお客様に名前を呼ばれて
有頂天になった、性別不明の8っちーであった。  
 
 


まさに みどりの日
2009・5・2


ウグイス
 
 
 
鶯の囀りをお届けしようと
写真を撮ってみました、が
無理みたいですね…
背の高い建物が滴翠美術館
その森で鶯が鳴いています。
 
鶯の「法々華経」の囀りは
男子が発する鳴き声で
縄張りを主張しているらしい。
 
・鶯/ウグイス ・囀り/さえずり ・滴翠/てきすい
 
猫の手合格の宴
2009・5・1