年の瀬
 
買出し
 
 
今はスーパーやら百貨店は
正月二日から営業開始が
売り! らしい
 
ワタクシの憧れの
『コストコ』は
年末年始なんて
関係無いらしい
さすが
アメリカさん やねぇ!
 
 
 
小学校4年生の頃
おかあちゃんから
買出しの助手に
任命されました。
 
と 云っても…
 
上のモン(姉・二人の兄)
年末アルバイトで家計を助け
ワタクシしか暇人がいなかったからです が
 
それ でも
 
おかあちゃんと
めったに二人っきりに 
なれないので
嬉しかったのでした。
 
 
源ヶ橋 (生野本通商店街)
北田辺
駒川
商店街への買出しでした。
 
 
人々で混みあった
『歳末節季の大売出し』
のアーケードの下で
小学生の背の高さでは
何も見えません
大人のお尻ばっかりでした。
 
あれやこれや
買い進め
難なく 助手を務めていましたが
 
小みかんを
ダンボール箱で
ご購入!!
 
はい! マーキ(ワタクシの呼び名) 持って
って
言われても
 
(そら あんた! めちゃ やでぇ!)
言えず
 
(よいしょ! よいしょ!)
 
 
10分もしない内に
 
『おかあちゃん しんどい…』
言ったら
 
何を 言うてんのん! この子 わ…!
 
(何?って 『しんどい』て 言うてんねん けど…)
 
( しゃない… )
 
( うんとこ どっこいしょ! )
 
 
『おかあちゃん 重いぃ…』
 
 
 
ヘトヘトで
帰宅して
おかあちゃんは
上のモン(兄・姉)の前で
 
この子は ほんまに 約に立てへん子ぉ や でぇ…!
 
帰りは しゃ〜ないから 電車に 乗ってん
 
強調
 
上のモンたちの
 
マーキはこんじょ(根性)なし!
 
罵声の嵐にあいました
 
 
 
 
 
ワタクシの生まれは1951年で
1950年までが『団塊の世代』と呼ばれ
戦後の『根性派』です 
ワタクシ一年遅れの
『根性無し派』です
 
 
baby boom generation
 
 
昨日は嵐だった。。あぁ〜恵みの太陽。  AM7:30撮影
2006.12.27

年の瀬
 
お餅
 
 
子供の頃
12月の30日くらいに
近所の『富永のまんじゅう屋』さんに
『ちんつき』してもらった
お餅を取りに行きました。
 
餅箱 持参で
 
二段くらいだったかなあ
 
 
熱々の 搗き立ての 餅
 
我が家は
何故か
のし餅(なまこ餅)だった。
 
一段目は
普通の白のし餅
 
二段目は
・青海苔
・黒豆
・えび
・黒ごま
各一本づつ
 
鏡餅用三種
 
@デカイのは直径20cm以上ので 一番目立つタンスの上のラジオの横 用
A仏壇に供える15cmくらいの
B確か… 便所にも 置いてたような 気いする な 10cmくらいの (玄関やったかな…?)
 
 
富永のおっちゃんが
「よいお年をぉ!」
と 言ってた けど
意味もわからず
『はい!』って答えた。
 
 
帰り 道々
 
のし餅の はじっこを つまんで 食べた
 
帰ったら
 
おかあちゃんに 怒られた
 
 
rice cake


冬はやっぱミカンでしょ。 AM7:30撮影
2006.12.26


クリスマス
 
 
 
お正月は祝う気持ちは有りますが
クリスマスをお祝いしている気にはなってませんよね?
我等 仏教徒は
 
(???)
 
 
きのうの夜は
小さめのケーキを真ん中に
ダッチオーブンで揚げた大きなチキン
そして
最大イベントのプレゼント交換をして
楽しみました。
 
そして
 
ワタクシは
昼に『クリスマス・キャロル』のアニメ版を観たので
夜は実写版の方を観たいな
と思い
妻は『戦場のクリスマス』を観ると言う
 
ワタクシ たけし軍曹の「メリー・クリスマス! ミスターローレンス !」の所は観たいが
 
ど〜も ゲイ系は ちょっと
 
『戦メリ』の冒頭部
たけし軍曹がジャングルを移動していて
バックにあの曲が流れているシーンだけを見
そして
『クリスマス・キャロル』にCHを切替える と
ワタクシが観たかった『白黒版』ではなくって
今風の綺麗な『カラー版』だったので
 
断念
 
電源OFF
 
それじゃ〜 サイレント・ナイトで過ごそうと決意
 
 
妻から息子にプレゼントされた
『YMO』のDVDが目に入り
ワタクシ 「ど〜 しても 見る!」と 言い張って
 
サイレント・ナイトは
 
♪ ペキュン キュン キュン ビロロロ ♪
 
テクノ
騒々しいナイトになりました。
 
 
 
来年は大学生になるはずの息子
そして
一人住まいをするはずの息子
「クリスマス・ツリー 来年 飾るかな〜?」
とか
「クリスマス禁止令 出そか… 」
とか
妻と二人のクリスマスの過ごし方を
考えている
 
きょう このごろ
 
です。
 
 
are you a Christian?
 
 
実録「クリスマスイブの夜風景」
2006.12.25

クリスマス
思い出
 
 
白蓮
 
 
妻とカウンターの隅っこで
静かにビールを酌み交わす。
 
そこに
唐突に
耳をつんざく
大声が
聞こえた
 
おかーちゃん! そんなん ゆうても 病院 予約 取ったあんねんからっ!
 
ほとんど シャウト!だ
 
店の横に二階に
通じる狭い階段がある
 
そこで
今の
声の主で
30代に見える 
目の優しそうな 
80代の母親に 
叫んでいる
 
 
病院なんか 行っても 直れへんもんは 直れへんねん!
 
息子に負けず劣らずのシャウト!だ。
 
 
ガンカラガッチャン!
 
何かが落ちる
けたたましい音
 
 
(喧嘩?ケンカやん!)
 
だる系の仕込をしている 
おばさんの顔を見ると
 
(こんなん しょっちゅう ですわ)
でも 言いたげな顔で
 
知らん振り
 
いやはや なんとも 驚きました。
 
 
 
その男性は大声で叫ぶ割には
必ず 最初に 「おか〜ちゃん!」と
入れてるので
 
いやはや なんとも ビックリするやら 笑えるやら 
 
 
そんな親子が車に乗って
何処かへ(病院に決まったあるやん)去っていきました。
 
 
 
 
しばらくし
 
だる系のおばちゃんが
「そろそろ いけますよお」と声が掛かり
妻が「何 美味しいですか?」と 聞くと
「今 えび芋やなあ」と 返ってきたので
「じゃあ それっ と」定番の「大根 と」
数種類のネリもん
を注文
 
出てきた「えび芋」の デカいこと アンド 美味いこと
そして「大根」のデカいこと & 美味いこと
 
ネタ(具)は 何につけ デカい!
 
そして 会計が お安い!
 
旧本店「たこ梅」の1/3ほどだった
 
 
 
 
三々五々に客が入りだし
満席になる頃には
ワタクシ 出来あがってまして
 
「帰ろ か」 に なりました。
 
 
 
店を出る
 
 
街のあちこちのケーキ屋さんの前では
金切な売り声が聞こえ
ワタクシたちも 
そんな一軒でケーキを買い求めました。
 
街の灯は全体にクリスマス・カラーで
とても 綺麗でした。
 
 
 
 
「白蓮」はゴキブリなんか出ても不思議じゃない佇まいです
ので
清潔好きな方は無理かも… なあ
 
 
―▲●■――
 
 
 
今日は暖かそうっ   AM7:00撮影
2006.12.22

クリスマス
思い出
 
 
 
関東煮 かんとだき
 
 
数年前
時分
 
Aタイプ・スタッフのフィルム・トラブルが発生
 
謝罪をしたいと
伝えましたら
 
「12月25日の夕方なら、時間が取れる」
 
との返事
 
 
(えゝ〜 っ! クリスマス やん!)
 
と 
思いつゝ…
 
(仕事! 仕事!)
 
 
ミナミ方面のお客様だったので
高島屋の地下のお酒売り場で
(えい! やっ!) と
手土産としての 『ドンペリ』を購入。 
 
 
お客様との面談を
恙無く(つつがなく)終える。
 
 
(ほっ!)
 
一息。
 
 
 
息子のプレゼント選びに と 
日本橋 電気屋街に 向う
 
電気屋街の北側入り口角に
間口の狭い時計屋がある
色々な『G・ショック』が
店先を飾っている。
 
「来年 あいつ 中学や から 時計にしよ」
 
「色 任す わ」
 
妻は半透明な黄色の『G・ショック』を選ぶ。
 
 
時刻は5時前
 
帰宅するには 早すぎるし
帰社するには 遅すぎる
 
 
「歌舞伎座の裏辺りにある 関東煮屋に 行こか?」
 
 
あの辺りを 少し前に通った時
 
アンバーな白熱灯で鈍く輝き
大正を引きずる昭和の店で
ひときはワタクシに訴える 
店があった。
 
 
(こゝは 絶対 来な あかん なっ!)
 
 
と 
思いつゝ
通り過ごしたのを
思い出す。
 
 
日本橋から
徒歩で移動
 
 
店を探す
 
 
 
『あった!』
 
 
でも 
暖簾は引戸の中に仕舞われ
準備中のようである。
 
 
だるそうに おばさんが
 
「まだやねん…」
言ったが
 
『ビール 飲んでて ええ?』
聞いたら
 
だるく
瓶ビールが
出てきた。
 
暖簾には 「白蓮おでん」 と 書かれていた。
 
 
syouwa-jidai
 
 
 今朝はものすごい朝焼けでした。ズームしてみると・・・  AM7:00撮影
2006.12.21

本日は出張です
 
 
 
こんな 年の瀬で
 
気ぃ〜 急(せ)いてる のに なあ
 
 
ほな…
 
 
あゝ!
土産は買わへんから
期待せんとってなあ
 
aba-yo!


アジザイも紅葉するんですね・・・キレイ。   AM7:00撮影
2006.12.20


クリスマス
思い出
 
 
クリスマスの15日前 (=半月前)
 
12月10日
 
 
塾の靴脱ぎ場 
沢山の靴が乱雑に散らかっている
 
授業が終り
みんな ドカドカと階段を降り 靴を履く
 
 
「苦労田 ビートルズの『Help!』 貸したるから 取りに来いやぁ」
食堂屋のむすこの阿部くんが言う
 
『今日 ええわ』
 
 
しばらくし
 
苦労田くん 今日 9時に 加山雄三 10チャンで 出るよ
 
『ああっ 岡田 頼み あんねん』
 
なに?
 
『あのー マフラー 編んでくれへん?』
 
えー けどー
 
 
(ほっ!)
 
 
どんなん?
 
『どんなん って?』
 
色は?
 
『みどり か 青 か な… まあ〜 任す けど… 』
 
みどりか青やね。 分かった。
 
 
(ほっ!)
 
 
時間 掛かるよ 期末テスト やし
 
『今年中… クリスマスくらい 』
 
ん 分かった! 加山雄三 9時やから ほんなら!
 
 
(ほっ!)
 
 
通じた!
 
思う
 
 
淡い石鹸の匂いを見送った。
 
 
 
その日から クリスマスまで
塾に行くのが 何故か 恥ずかしい
 
岡田さんは 薄い紫の『何か?』を 編んでいる
 
( 紫 って ボク?)
 
 
なんちゃって!
 
 
岡田さんの編んでいる
姿を見るのが
とても
大変
ベリー
ビッグ
 
恥ずかしい…
 
 
 
 
そして
 
12月22日
 
塾の授業が始まる 前に
 
苦労田くん 出来たから 後で 渡すわ
 
(クリスマスとちゃうのん?)
 
(ま〜 ええけど)
 
(ドキドキ!)
 
(そわそわ!)
 
 
 
授業終了
 
ちょっと…
 
言って
岡田さん
 
階段を降りる
 
ワタクシ着いて行く
 
靴脱ぎ場でサッサと靴を履く 岡田さん
 
トットと歩いていく
 
トットコトと着いて行く
 
 
近鉄南大阪線の線路沿い 歩く
 
8チャンネルの『勝ち抜きエレキ合戦』の話をしたり する
 
 
渡るはずの踏切りを 通り過ごし
 
 
『三角公園』に入っていく 岡田さん
 
 
(夜の公園はヤバいやろ… 中学生やし〜)
 
 
公園の明るい所でストップする 岡田さん
 
 
これ
 
『あゝ』
 
毛糸代は 頂だいね
 
『あゝ』
 
鉛筆で「毛糸代金 ○○円」と手書きの紙切れと
緑色のマフラーを差し出す 
 
『今 無いけど…』
 
次で ええよ
 
それから これ 私 作ったって 言わんといてね
 
人に 勘違いされんのん 嫌やし
 
『んゝ』
 
 
空しく
家に帰る。
 
 
目ざとい
姉が 
何 持ってんのん?
 
『マフラー』 『も〜 てん』
 
あんたなんかに くれる人 いてんのん? へえ〜!
 
見して! 見して!
 
 
お節介な姉の説によると
 
・「こんなん (編むのに)1時間も掛かれへんなあ あたし やったら
 
・「安モンの毛糸やから○○円くらいやろなあ」と
 
紙切れに
書いてある
金額の
2/3くらいの
値段を
はじき出した。
 
 
あゝ 無常
 
 
クリスマス に 苦しみました。
 
 
money!?
 
 
星に願いを!  AM7:00撮影
2006.12.19

クリスマス
思い出
 
 
サンタ は いないと
もー とっくに
分かってしまった
 
中学2年生の時
 
当時
通っていた学習塾に
 
岡田さん
という
女子がいました。
 
 
頭が良くって
痩せぎすだけど
眉が太くてチャーミングでキュートで
 
ワタクシの心も‘きゅ〜と’なってました。
 
 
岡田さんは
ワタクシにノートを貸してくれたり
塾の男子の中では
ワタクシが一番の話し相手
 
お節介な女子が
 
「岡田さん あんたの事 好き みたいやでぇ」
 
って な
嬉しい情報も アリ!
 
 
 
 
そして
 
岡田さんは
暇な時間があると
毛糸の手編みをしていて
いつも
編み棒をチャカチャカ動かしている女の子でした。
 
 
 
あの当時
 
「好きな人に 手編みの ニット品を贈る」って
のが
(ちまた)
流行ってまして
 
手袋だの 
マフラーだの
セーターだの
 
 
そんな
 
ある日
姉に
聞きました
 
『マフラー 編むのに 何日くらい掛かんの?』
 
簡単なんやったら 1日で 出来るでぇ…
 
『へー そうなん やぁ 』
 
あんた いんのん? 編んだろか?
 
『ちゃうねん!』
 
『1日に 1〜2時間 やったら どれ位 掛かるかな…?』
 
あんたが 編むのん?
 
『ちゃう てぇ』
 
そ〜 やなぁ 1週間か… 10日かな… 半月 位ぃかも…?
 
『あー そぉ〜』
 
 
ワタクシ
岡田さんに
マフラーを
編んでもらう計画を練ってました。
 
 
 
クリスマスプレゼントに
 
 
hand making whith love
 
 
サン シャワー   AM7:00撮影
2006.12.18
 

クリスマス
想い出
 
 
小学校5年生
 
つまり
佐吉の話の
翌年
 
あの
姉の騒ぎ 
が 
あったので
 
「ほんまは サンタって 来てへんのん と ちゃう?」と
 
幼心に もやもや と
 
上のモン(姉と二人の兄)に 疑問を投げかけた
 
「サンタさん いてるでぇ」
来ぃはったん 見たもん
ボクも 見た
 
返ってきた。 
 
 
 
クリスマスの
 
 
「ぼく 寝ぇへん サンタさん 待つ!」
ワタクシ 
真剣
 
でも
阿呆やった
当時
 
ついに
眠気に
負ける
 
 
そして
 
 
翌朝
 
枕元に
 
小学館の《小学五年生》の新年特大号
本誌より おまけ(付録)の方が 大きいの
銀紙の貼った長靴に
網々のカバーまで 一杯 詰まった 飴ちゃん
 
 
( やっぱり ぼく 寝てしもてから 来たンやあ… )
 
 
上のモン(姉兄たち)の枕元には ナシ で ワタクシだけ サンタさんのプレゼント
 
聞いてみたら
 
中学になったら おとな や から くれへん」 らしい
 
直ぐ上の兄は
その年に
中学生になった。
 
 
「きのう サンタさん が 来て しゃべったでぇ」
『ほんま?』
あんたに 『よろしゅう〜』 て 言うてた
『うそ?』
『便所 貸して』 て 言わはって おしっこ して 帰りはった わぁ
『へ〜』
おまえ 口開けて ぶっさいくに 寝とった でぇ
『でっ!』
 
上のモンが 口を揃えて 目撃&お話した
って
言う
 
 
(やっぱり サンタさん て いてはるんやぁ!)
 
 
foolish boy!


キラキラきれいだな。 AM8:00撮影
2006.12.16

クリスマス 
思い出
 
 
 
小学校4年の頃
サンタクロースはいる と
まだ
信じてました。
 
そんな
12月
 
 
学校かTVか… 何かで
 
自動織機を発明した
豊田佐吉をカジりました。
 
聞きカジったか?
読みカジったか?
観カジったか?
 
詳しくは忘れましたが
 
「機械で織物を織ろう!」と
貧乏ながら
日夜 
努力し
最初の頃は 
みんなから
「気違い」呼ばわりされた
 
てな 佐吉です。
 
 
 
話は 少し 変わりますが
 
 
その
姉が
中学を卒業し
就職した年でした。
 
 
その姉が
 
「サンタさんに 何 欲しいと思てんのん?」って
 
聞かれ
 
豊田佐吉の伝記やねん」と
 
答えてました。
 
 
そして
 
クリスマスの数日前の
ある日
何かの探し物をしていて
ある机の引き出しに
 
綺麗に包装し
リボン掛けもされたモノを発見しました。
 
包装紙から透かして見える文字
 
豊田佐吉
 
今のワタクシなら
そのまゝ
引き出しを
そっと
閉めると思いますが
 
 
阿呆やった 当時
 
 
包装紙をバリバリ
 
夢中で 
本を読みました。
 
 
その 
 
帰宅した 姉
 
「これは アンタのんと 違うでえ!」
 
 
(なんで お姉ちゃん 怒るねんやろ?)
(早めに サンタが用意したんやろ!?)
 
 
「違う! 云うたら 違う!」
 
 
大声で
泣きながら 
怒っていた 
 
 
であった。
 
 
 
豊田佐吉は
トヨタ自動車の創業者
豊田喜一郎の父親です。
 
 
 
中卒で就職
あの頃
ザラでしたね。
 
 
 
 elder sister is Santa Claus
 
 
今日は晴天。水蒸気で大阪が見えないよ〜  AM7:00撮影
2006.12.15

関東煮
 
 
きのう 残った煮汁(関東煮の) に 
 
手を掛けて
 
(カレイ)の煮付けをしました。
 
リサイクリーでロハスティックでシンプルな
 
暮らし 実行中!
 
endless!


ガラスってきれい。  AM8:00撮影
2006.12.14


そうえば
 
 
 
お寺(神)さんの話ですが
 
 
荒神さん ありました ね
 
 
子供の頃
 
美章園の
四軒長屋
 
鋳物で出来た
ガスコンロの横の柱に
荒神さんのお札を貼ってました。
 
向かいのタミちゃんが
毎年の年末か年始めに
 
「荒神さんに行ってきましたんで これ…」
 
って
お札を持って
各家を回っていたのを 
思い出しました。
 
荒神さん て 宝塚の清荒神 やんな?
 
 
 
宝塚と云えば
 
中山寺の中山さん
 
近所のおね〜さんがおめでたになり
 
「中山さんに行ってきましてん」
嬉しそうに 
言ってたのを
思い出します。
 
 
 
そうそう
 
我が愚息の時も
 
「おめでたです!」
渡辺医院の先生から告げられて
 
我が母に連絡すると
 
「中山さんに行っとかなアカンで!」
 
そして
めでたい安産祈願の腹帯を頂に参りました。
 
 
Oh my God!
 

ひと雨ごとに寒くなりますね・・・  AM7:00撮影
 2006.12.13

エビちゃん
 
 
TVから
聞こえて
 
・飴ちゃん
 
を思い出しました。
 
ついでに
 
・お粥さん おかいさん
・お豆さん
・お芋さん
・お稲荷さん
・お揚げさん
 
とか
 
そういえば「お寺さん」の名前にも「さん」付けするのも
 
・八坂さん
・住吉さん
・戎さん えべっさん
 
とかも
 
 
そうそう 
ついでに
 
昔 東京で暮らしていた時の話
付き合い始めた彼女がキャンディーをくれたんですが
『おれ 飴ちゃん 嫌い なんだよ な』と 言って
彼女が「???」な反応をした
 
  (やっべ!)
 
 
Candy! Candy!


青いなぁ〜!  AM7:00撮影
2006.12.12

広東煮
 
かんとだき
 
 
 
道頓堀の東のはずれ
 
たこ梅 本店
 
 
 
再建計画はあるらしい
けど
今は閉店している。
 
間口 二間 で
そんなに広くない
 
老夫婦 二人で
やりくりしていて
ごった返す客で
身動き取れないで
煙草と湯気と人息で
モクモクだったのを
思い出します。
 
 
そこで
この話を
聞いたのを
思い出しました。
 
 
『関東煮』の名の由来を
ある客が聞いてるのを
ワタクシ しっかり 
横っちょで 聞きました。
 
 
たこ梅のおばあちゃん 大声で いわく
 
「あんたら なあ 《関東煮》って 
書いてるけど
あれ ほんまは ちゃうでぇ 
《おでん》は うちの初代さんが  
やり始めてんけど なぁ
江戸の頃
貿易で堺の港が栄えてた頃やけど
あの辺で
広東人(中国人)が大鍋で
色んなモン 放り込んで
美味そおに 食べてゝんてぇ
それを 
うっとこ初代さんが
『商売にならんかな…』って
考えて 始めはってん 
 
ほんで
名前決めるのに
《広東人の鍋》やし
ぎょうぎょうしい名にしても なあ
 
とりあえず
《かんとんだき》にしてん てぇ
 
そやけど
それが 
こゝら一帯で 流行だして
大正の頃に
勝手に
何処っかが
《関東煮》の漢字 あてた らし〜んや
ほんなら
みんなも「右え習え」で
《関東煮》の提灯あげやってんやん
 
しゃ〜けど
ほんまは
『広東煮』が
ほんまやねん 
 
そんな主旨を 長々
 
その時は
 
「へ〜」とか「ほんまかいな〜?」って思ってました
 
というのも
 
この老ご夫婦
けっこ〜 
「あてら有名人」な態度だったので
 
(自説 唱えてんのかなあ)
 
くらいに思っていたんです
 
先日 調べてみたら…
 
その《説》 有り! かも と 思いました。
 
 
中国 
広東省 
の 
路地の屋台に
今でも
大鍋に色々な具材を
串に刺して 
グツグツ煮て 
売っているのを
日本人が発見し
「あれは まさに 《おでん》 だっ!」
いう
証言を
発見しましたので
 
 
 
あの時の おばあちゃんの説って 超ほんま やったんかも…
 
 
それに しても こゝ 高かたなあ
小ましな料理屋の値段やった ね
キタにある数店舗との値段設定とは
違う みたい やった なあ
 
 
 
-▲●■--
 
 
冬の朝は暗い。家の灯りチラホラ。   AM6:30撮影
2006.12.11


本日おみ 
 
 
8ozの年賀状を 
早く 制作せよ!
上からの命令で…
 
今日中に
何らかの
叩き台のモンを
作らんと
あかん
思いまして…
 
 
そこんとこ
 
お願いします。
 
 
Honna ra


すっかり芝生は黄色・・・ AM8:00撮影
2006.12.9
 

関東煮 
 
 
かんとだき
 
 
関東大震災 
と 
おでん
関係
 
 
 
‘おでん’
のルーツを
簡単に
 
そもそも
室町時代やらの
 
おでん
豆腐田楽 で
豆腐に味噌をつけ 
串に刺し
直火で焼いたモノでした。
 
 
江戸時代
 
豆腐以外にコンニャクやら芋やら 色々と串刺し
 
 
明治になり
 
「え〜 い! 
面倒で〜い!
色々な具を 
全部入れて 
味噌煮込みおでん で
ど〜 でい!」
 
で 
煮込みおでん
になりました。
 
 
大正時代
 
関西に‘おでん’の到来
従来からある‘豆腐田楽’な‘おでん’と区別するために
関東煮’と呼ばれ
味噌煮ではなく
上方風に‘はんなり’味で定着
 
(ネーミングがストレートで 関西ですな!)
 
で 
 
この頃
 
東京の‘おでん’は流行から取り残され すたれ ました。
 
 
っが!
 
大正12年 
 
関東大震災 勃発!
 
壊滅状態の東京へ
関西人がボランティアで‘炊き出し’して
その時
‘おでん’の関東復活!
なった
 
言われてます
 
 
ワタクシ 
思うに
関東の料理屋&料理人も 全滅状態で
関西の料理人が ドッと 関東に潜入し
 
(包丁一本 サラシに巻いて)
 
昆布と薄口醤油を使ったモンが流行った 
のでは…
思てます。
 
 
 
-□--
 

冬ですね・・・   AM7:30撮影
2006.12.8

関東煮
 
 
かんとだき
 
 
 
きょう おでん します。
 
むすこ は ちくわふ と はんぺん は
 
「 必ず! 入れてや! 」
 
って
 
言います。
 
 
 
( やつ は 関東人 か… ? )
 
 
 
ー△○□ー 


雨か・・・   AM7:30撮影
2006.12.7


本日は出張です
 
 
 
ほな
 
行ってきます 。
 
 
途中で
 
風邪の神さんに
 
又 
 
おゝたら
 
どないしょ?
 
 
Good Luck !


風邪にも二日酔いにも・・・   AM7:30撮影
2006.12.6


おこた
 
 
いつものおぜんに
毛布をかぶせ
藍染の大布を
その上に
 
おぜんの下に
湯たんぽを置く
 
エコノミックなおこたが出来上がった
 
 
 
ことしは
これで
のりきれる? 
 
pocka pocka!


サンタさんは朝寝坊?  AM7:00撮影
2006.12.5


風邪の神様
 
 
 
土曜日の午前
風邪の神様が
突然
来ました。
 
 
「ちょっと 時間 有る?」
 
って
唐突に言うので
 
座布団を出しました。
 
 
「11月のノルマ 達成 出来なくって 困ってる」
 
って
真顔で言うので
 
お茶を出しました。
 
 
「この年の瀬 成績を上げないと 来年に響く」
 
って
哀しく言うので
 
茶菓子を出しました。
 
 
「だから お願い」
って
涙顔で言うので
 
煙草盆を出しました。
 
 
そして
午後から
風邪引きさんになり
寝込んでいます。
 
そして
ライブにも行かず
オヤジ狩りにも遭わず
 
です。
 
 
hyachusyon!
 
 
湯たんぽと鉄瓶。なんかかわゆくて・・・。 AM7:30撮影
2006.12.4


オヤジ狩り
 
 
 
きょうの夜
 
ライブに行く予定なんですが
妻は心配しております。
 
 
「 あなたは 絶対 オヤジ狩りに あいやすい! 」 と
 
自信あり気に言います 
 
( おい!おい! )
 
 
きのう 
必死で 
あちこちに
電話して
 
「 苦労田の 護衛 してもらいたい 」 と
 
本気で
嘆願し
たみたい
やけど
 
予定
 
 
 
 
ついに は
 
「 ハシゴしても良いけど 24:00には 絶対 連絡 頂戴ね! 」 って
 
一応
 
『 うん うん 』 って
 
答えましたが
 
 
 
オヤジ狩られるって
 
そんな事
有る訳
ないやん
 
ふつー
 
 
 
あんまり聞いてたら
心配になってきた
な…
 
fight! 一発


あはっ クリスマスカラー? AM7:00撮影
2006.12.2

では!撮りますよ
 
 
 
三人は
観念し
 
環状線の車内で
時間潰しの
馬鹿話をす
 
電車は
弁天町の駅に滑り込む。
 
 
早足早足
 
 
駅前のホテル到着
 
 
エレベーターのBのボタン押す
 
上昇
 
上昇
 
扉 
 
開く
 
 
( え〜 っと? え〜 っと? )
 
そこに
式場の人と思われる
黒留袖の女性が近づいてきた
 
 
『 苦労田の… 』 と ワタクシ
 
「 ご親族の方ですか?! 」 と 黒留袖さん
 
『 そうです! 』 三人で合唱
 
「 どうぞ! こちらに! 」 と 
 
 
示す手の袂に
片手を添えて
泳ぐように小走りに
 
 
ワタクシたちは大走り
 
 
「 こちらで ございます! 」
 
指された扉に写場》とプレート貼ってある
…ってことは 
いわゆる 我々 ゆ〜 とこの
 
   《スタジオ
 
 
開けられた 
扉の中を覗くと
大半 知らん 黒服の人々が雛壇に整列
 
呆れ顔で
ルック・アト・アス
 
 
車椅子に ちょっこり座った 平服のお袋 見っけ!
 
 
 
「 間に合って 良かったですね〜! 」 と 黒留袖さん
 
ほっ と した様子で
 
扉を閉める 
 
 
 
『 すいません! 』
 
連発しながら
みんなの前で
着替えをする
 
こんな時って ネクタイ 上手く結べないのね
 
そこそこの型で列席の中へ
 
隣にいた
長男である兄貴に
ネクタイ直してもらう
 
「 卒業アルバムに欠席した奴みたいに
隅っこに貼り付けなアカンな〜 言うてゝんで〜 」 と 長男兄(弱笑)
 
では
 
冷静に…
 
冷静に…
 
良い顔しなくてバならヌな 男前に… ちょっとスマイル…
 
 
っと
 
そこに
 
 
「 あゝ 真珠のネックレス! 」 と 
 
 
叫ぶ 
 
 
のラ。
 
 
chan! chan!


これ・・・なめたけ です。  AM7:00撮影
2006.12.1