冷凍庫 と オーヴン
 
あとがき �A
 
 
 
あの 
 
夏
 
 
 
 
どれ くらいの 期間
 
D社スタジオに 詰めたのか ?
 
 
5日間か ?
 
7日間くらい か ?
 
10日間かも ?
 
 
 
でも 
 
10日間も あんな状態を 続けたら スタッフ全滅してた はず や し な ぁ
 
1週間くらい やったん かな ?
 
 
 
新車立上げの撮影で ハデな はず なのに
 
全然 記憶に無いのも
 
不思議です 。
 
 
 
 
 
 
そ〜 そ〜
 
 
 
撮影 3日目くらい の 夜
 
カメラマンのHさん と ミナミで 飲みました 
 
 
 
その時
 
ワタクシ Hさんに 提案しました
 
 
『 Hさん 昼飯 ちょっと工夫しませんか ? みんな 疲れてるし…  』
 
 
で
 
話し合った 結果
 
 
�@両家(Hさん家・苦労田家)の嫁はんが 
 お重箱に ご馳走を一杯詰め
 嫁はん 持参し スタッフに振舞う こと
 
 
�Aわれわれ(Hさん・ワタクシ) 自ら 素麺を 湯がいて
 スタッフに食してもらう
 具沢山で その 具は 嫁はんに
 前夜 作ってもらって 
 それを トッピングする こと
 
 
と
 
以上
決めました 
 
 
実際に やったンですが
 
 
�@の時 Hさんの お子さん2人も 参加し
 
ワイワイ 楽しく 過ごせました 
 
 
し
 
 
�Aは おっさん二人の 台所仕事なので
 
それは それで みんなに 楽しんで もらえました
 
 
 
 
ミナミで
 
Hさんと 飲んでいる席で
 
 
「 苦労田さん ぼく 来年くらいで 引退しようと 考えてんねん… 」
 
と
 
ぽっつり
 
と
言われました
 
 
 
「 D社の 仕事 続くよおやったら Kくんに 譲ろお 思もてんねん 」
 
 
 
「 そん時 苦労ちゃん 助けたって な あ 」
 
 
 
その頃 
 
すでに
「暖簾分け」制度は
 
破綻していた
 
のに…
 
 
 
 
 
優しい 親方気質 です ね
 
 
 
 
そして
 
確かに D社の仕事は 
 
Kさんがカメラマンになり
 
2年ほど 続きました
 
 
で
 
時々 Hさんが スタジオに 現れ 
 
陣中見舞いの 差し入れを 頂きました
 
 
 
 
ありがとう ございました 。
 
 
 
 
終り
 
 
秋晴れ と 言おう   AM7:00撮影

2006.8.31

冷凍庫 と オーヴン
 
あとがき �@
 
 
 
 
「 苦労田さん 
 
あん時 
 
ボクら 
 
キャット・ウオークの作業が 多かった でしょ
 
天井辺は 熱う〜て 熱う〜 て 
 
手すりに 触ったら 火傷 でしたよ ! 」 
 
と 
Tくん は 言ってた
 
 
 
あれ 
以降
 
しばらくし
 
Tくんは
 

Hさんのスタジオを

辞し

フリーのアシスタントになり
 
 
よく 8ozに 出入りしていた
 
 
 
 
Tくん が 酒 飲む たびに 
 
言う 言葉
 
 
 
「 熱で 頭が ボー っと してきて  こゝから(キャット・ウォーク) 落ちて
 
骨折でもして この現場から 逃げたいと   何度も 何度も 思いました… ! 」
 
 
必死に
 
懐かし そ〜 に
 
何度も
 
言ってた
 
 
 
 
 
ま 
 
ほんとに 
 
ひどい 現場でした 
 
 
 
 
スポット・クラー は 
 
ダクトの20cm位 近づけば 
 
確かに 
 
 
涼しい!
 
 
 
 
でも…
 
30cm も 離れれば  熱風! まっしぐら でした
 
ね
 
 
 
「 Tシャツ 脱いで 仕事したら 今度は ライトで ヤイト(灸)です ね ん ! 」
 
と 
 
で
 
「 30分 ごっと に スタジオの前の ビニールホースで 服のまゝ 水浴び してたン 知ってハリました… ? 」
 
 
 
そ〜 
やった 
ん 
か
あ
 
…
 
 
 
続っ !
 
 
夜 驟雨 後 涼風  AM7:00撮影

2006.8.30

冷凍庫 と オーヴン
 
�C
 
 
 
朝の
 
スタジオの温度は 
 
すでに
 
40℃ は 超えていたのでは…?
 
 
 
 
 
『 サービス 入れて! 』
 
 
 
と
いつもの
 
開口一発
 
 
 
カメラの横から
 
スタジオに吊られている 白い天板に 向って 
 
5kWのスポット 
 
 
チッ チッ チッ  カッチ〜ン
 
 
 
と
 
点った 
 
瞬間 
 
熱波が
 
ワタクシを
 
包む
 
 
 
 
汗っかき で ない ワタクシ ですが
 
すでに
 
パンチュまで 
 
汗だく
 
 
 
( ダク ダク )
 
 
 
 
 
 
 
午前の作業を 一区切り し
 
昼飯にしよう と
 
ライトを 消し
 
スタジオの 扉を 開ける
 
 
 
 
 
風 を 受けた 腕に 鳥肌(さぶいぼ) 発生!
 
 
 
 
セミが 鳴きまくり
 
35〜6℃は あるはずの外気なのに
 
 
( 寒い! )
 
 
 
 
 
みんな が みんな
 
「 寒っ !」
 
を 
 
連発!
 
 
 
 
 
先頭を歩いていた Tくん
 
 
休憩室の 引戸を 開けるなり
 
 
「 ぎゃ〜 っ !! 」
 
と
大声を 上げる
 
 
 
 
ワタクシの前を 歩いていた Kさん 
 
ダー っと 走っていき
 
 
 
 
「 なんじゃ〜 こゝ わ ぁ !  冷凍庫 か ぁ ?  」
 
 
と 戸口で
 
 
 
「 アホっ!! クーラー 消せ! 」 
 
 
 
「早よ せぇっ! 死ぬ ど〜 !!」
 
 
 
と
 
後退り しながら
 
叫ぶ
 
 
 
決死の覚悟で
 
休憩室に
 
突入!
 
 
Tくん クーラーを 切る !
 
 
 
( ブ〜 ン … )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「 どっ !   ど〜 したんですか? 」
 
 
 
 
と
 
 
 
休憩室の中から 
 
おびえる 声が する
 
 
 
朝から ずー っと
 
休憩室に
 
避難していた
 
代理店のSさん が
 
弁当箱を 持って
 
カタマって た 。
 
 
 
 
続く かも…
 
 
昨夜 秋の虫が 鳴いてた よ AM7:00撮影

2006.8.29

冷凍庫 と オーヴン
 
�B
 
 
 
スタジオ横の 
8畳ほどの 
プレハブで 
炊事場のある 
休憩室
 
 
 
チーフのMくん は スタッフ全員の コーヒーをいれている
 
 
 
休憩室には 
 
 
代理店のSさん
 
 
カメラマンのHさん テニスウエアーで 軽快そう
 
 
そして
 
Hさんの 初代のアシスタントで 今は フリーのカメラマンの Kさん
 
難しい仕事なので 「助っ人」 として 参加
 
少々 癖の強そうな人物
 
 
 
それから 
 
Hさんの 現在のアシスタントの Tくん
 
所在なげに
 
Mくんの コーヒー制作の アシストをしている 
 
が
 
それが Kさんの 目障りになったのか
 
 
「 T スタジオに 行って来い! 」
 
と
一喝
 
 
 
Tくん 意味 分からないまゝ 出て行く
 
 
 
他の8ozのメンバー 4人は 
 
スタジオで
 
スポットライトの球 の 玉磨きに いそしんでる はず
 
※玉磨き 2006.1.26 参照
 
 
 
 
 
 
1カ月程 前
 
 
淀屋橋の
 
とある 会議室で
 
打合せ
 
 
休憩室にいる スタッフが初顔合わせ を し
 
 
その後
 
何度となく 各自が 打合せの為 会っていたはずですが
 
 
 
本日 
全員集合
 
 
 
全員 落ち着きなく ソワソワ
 
 
 
代理店のSさん そろそろ と 口火を切る
 
 
「 冷房が やっぱ ダメ で して〜  この お盆の期間中は 業者も 休み でして… 」
 
 
 
癖モノのKさん
 
「 困ンねん な… スタジオで クーラーきけへん かったら オーヴン の 中と 一緒や ねん な〜 」
 
と カマしている
 
 
 
「 一応 スポットクーラーを 3台 用意させたンですが… 」
 
と Sさん
 
 
 
「 あ〜 っ! それは  どうも どうも  ありがとう ございます! 」
 
と 丁寧に Hさん が 答える 横から
 
 
 
 
「 スポットクラー なんか あっても なぁ  あのスペースで 意味が ぁ な ぁ … 」
 
 
 
 
そんなに カマして 大丈夫? 
 
と
 
思うほど カマし攻撃
 
 
 
( Hさんの 立場が… )
 
 
 
 
 
Tくんが
 
休憩室に
 
戻ってきた
 
 
 
ウエスを首に巻きつけ
 
 
 
Tシャツから 半ズボンまで 全身 ビッショ 濡れ
 
 
 
 
「 なんや 水撒き してんの か …? 」
 
と
 
 
Kさん 驚いて 声 掛ける
 
 
 
 
 
続く
 
 
今日は 曇り だと 聞いてます AM7:00撮影

2006.8.28

冷凍庫 と オーヴン
 
�A
 
 
阿倍野のアポロビル前から
 
伊丹空港行きのリムジンバスが出ている
 
 
 
他の乗客たち は 服装も 晴れがましく
 
旅行気分で ソワソワ
 
 
ワタクシ は 普段着
 
 
夏休みの期間中だから
 
子供たちも多い
 
 
 
バスの横腹が 大きく開けられ
 
「 お荷物は? 」と 聞かれ
 
『 無い です … 』
 
 
トランクルームに 次々と 乗客のバッグが 放り込まれる
 
 
 
 
 
30分ほど で 空港
 
 
人の波に逆らって タクシー乗り場へ 向う
 
 
( やっぱり 『近距離』 か な… )
 
と
 
乗り込んだ 運転手さんに 行き先を 告げると
 
 
 
「 朝の7時から 2時間も 待ってたンや ぁ !」
 
と
 
 
独り言を 言って 急発進
 
 
そして
 
 
 
急ブレーキで D社の 工場の正門前に 止まる
 
 
 
身を乗り出した 守衛さんに 軽く 会釈
 
 
 
 
 
 
8ozのチーフのMくんが 走ってきて
 
 
「 全員 待っタはり ます 」 と
 
 
指さす方向を 見ると
 
 
正門から 離れた 道路沿いの 植込みの陰あたりで 10人くらいの 人の塊
 
 
 
代理店のSさんを 先頭に 守衛室前で
 
スタッフ全員の IDの確認
 
 
 
「 に〜ちゃんら は よ〜 来てはる から … 」
 
と
ワタクシ達8oz に 向って 人良さげ に
 
 
( そんな よけー な こと 言わないで〜 ちょうだい )
 
と
 
苦笑いしながら 顔を見合わせる 8ozスタッフ
 
 
 
 
 
今回 
8oz以外のスタッフは 
みなさん 新規で 緊張 なさって る
のに…
 
 
 
 
 
 
守衛さん 個人所有と思われる
 
鉢植えの 淡い紫
 
萎れ気味な 朝顔が 揺れていた
 
 
 
 
 
続く
 
 
 
今宵は フロントミーティング 西区新町で

2006.8.26

冷凍庫 と オーヴン
 
�@
 
 
 
伊丹空港の 
 
タクシー乗り場で
 
順番を待ち
 
ようやく 乗り込んで
 
「 軍行橋を 渡って D の ノックダウン工場 に 」 と
 
伝える と
 
 
「 にー ちゃん 猪名川 渡ったら 兵庫県やから 『県外』乗り場に 乗って〜 や〜  』
 
 
と 言われ
 
 
『県外』に乗れば
 
 
「 あんなとこ 『近距離』 やで〜 」
 
 
と
いつも
 
嫌な顔をされる
 
D社のスタジオ 。
 
 
 
 
 
 
ある 
 
夏
 
 
 
 
D社の 新車立上げの 広告の ライティングを 依頼される
 
 
‘ROCK○’だか
‘アト○ーの四駆トラック’だか
 
 
 
D社スタジオには 何度も 行ってました が
 
 
 
あの時 
 
代理店側が ザワザワ していました
 
 
聞くと
 
 
「 冷房が 止まってる 」
 
と 
言う。
 
 
 
続く
 
 
 
つくつく法師 鳴く AM7:00撮影
 
2006.8.25

あびこ の 時代
 
 
 
 
1970年代の後半期
 
 
 
夏 に なれば 2〜3ヶ月間
 
総合文具メーカーの撮影で 缶詰 
 
 
 
「四天王寺前夕陽ヶ丘」駅 近くの
 
貸しスタジオ  
 
1階にある
 
大きなスタジオ
 
 
 
 
朝 早くに向かい
 
深夜まで の 缶詰 だった。
 
 
 
 
《 影イキ で 切りヌキ 》
 
 
の
撮影で
 
毎朝 バック紙 を 張替えてました。
 
 
 
スーペリア社製の スーパーホワイト を
 
7〜8m角を 白ホリに 水張り し
 
ピンピンに張らせます。
 
 
 
その為
 
ダイキンの大型空調機は 最強冷 に
 
 
 
 
 
 
かんかん照り の 昼間
 
 
汗を 拭き々々
 
 
外から スタジオに入ってきた人は
 
必ず
 
「 寒 つ! 」
 
と
 
身震いします。
 
 
 
 
中で 作業している ワタクシ達は 慣れてきてるので
 
「 ? ? 」
 
と 
 
平気 
 
 
 
 
 
 
でも
 
 
 
しかし
 
 
 
 
「 お疲れ さん でした〜 !! 」
 
と
 
一旦
 
スタジオの扉を開くと
 
 
 
むつ 
 
 
 
と
 
夜の闇の サウナ に 入っていく 感覚でした。
 
 
 
 
 
あびこ 
 
ちろりん村に 
 
戻る
 
 
 
 
 
 
風呂屋は とっくに 店仕舞いしてゝ
 
密集地のアパートの部屋には
 
風なぞ 届く わけなく
 
 
近所の畑の 肥溜め の 臭い だけが 部屋に ジー っと 澱んでる
 
 
 
白熱灯の照明も
 
 
熱い と
 
 
夜毎 
 
 
感じてた。
 
 
 
 
 
 
そんな
 
 
 
夏を 懐かしく
 
 
思い出しました 。
 
 
 
 
 
あびこの時代
ちろりん村の
ことは
2005.11.7〜 
に
詳しく書いてます
 
 
 
今なら
《 影イキ 切りヌキ 》
も
デジタル処理で
 
チョチョイのチョイ
 
ですよね
 
 
 
 
 
 
一話完結
 
 
 
きのう パラソルが 開いてたンだ… AM7:00撮影
 
 2006.8.24

沢山 な 雨言葉
 
たまに 使お ね
 
 
 
 
スコール
 
なんて言わないで
 
 
 
 
 
 
・夕立 
 
・五月雨 
 
・村雨
 
・時雨
 
・にわか雨
 
・通り雨 
 
・驟雨 
 
・五月雨
 
・私雨 
 
・霧雨 
 
・狐の嫁入り 
 
・小ぬか雨 
 
・本降り 
 
・大降り
 
・長雨 
 
・大雨
 
 
 
かんかん照り
 
なんか も
 
使お
 
今日も 俄雨が 降る そ〜 だ AM7:00撮影

2006.8.23

トランシーバー
 
おまけ �A
 
 
 
仕事柄
 
『渡辺篤史の建もの探訪』
 
みたいな 邸宅を お借りして
 
撮影すること
 
って
 
よくありました が
 
 
 
20年程前の 話
 
 
在阪の家電メーカーの 依頼で
 
「石油ファンヒーター」の室内ロケでのライティングを受けていました。
 
 
 
 
「石油ファンヒーター」 ですから…
 
 
夏場 の 撮影 です よ ね … !?
 
 
( 撮影は だいたい 3カ月以上前に します から ね )
 
 
 
 
 
毎年々々 の 仕事で
 
日本全国 津々浦々 巡りました 
 
 
 
移動の車輌は 
 
8ozのポチ1号を 含め 
 
インテリア・スタイリスト社のとロケバス
 
の
 
3台
 
 
 
各車にトランシバーを備え
 
絶えず 連絡を 取り合ってました。 
 
 
 
 
 
そして
 
この話の
 
場所は 広島 福山 あたり
 
 
 
 
午前のロケを 済ませ
 
撤収 
 
移動
 
午後の ロケ宅 まで 3時間くらいの 余裕があった
 
 
 
 
インテリア・スタイリング社の T女史は グルメに うるさい
 
 
 
ロケ宅が 決定した 時点で
 
美味しい宿泊場所 やら
 
昼飯は 何処そこで 
 
を
 
チェック済み
 
 
 
 
 
T女史
 
「 ワニ料理 喰お ! 」 ( 男言葉です ! )
 
「 運転手さん こゝ 頼ンわ 」 ( 女です よ! )
と
ポケットから 地図を ロケバスのドライバーに 渡す
 
 
 
「 苦労ちゃん 他の 車に 言うといて な 」 ( はっ はい! )
 
 
 
手渡された クチャクチャな紙を 広げ
 
ナビしなければ と 必死で 現在場所を 探して
 
 
 
『 え〜 っと 次の大きな県道○○号線の交差点を 右に 行きます   ど〜 ぞっ  』
 
 
 
 
・・・・・・
 
 
 
ノー リプライ
 
 
『 聞こえますか?    ど〜 ぞっ !  』
 
 
 
返答 無し !
 
 
 
ロケバスは 先頭車
 
他の車 1kmの範囲内に いない の だ …
 
 
と
 
そんな ことを
 
考えてたら
 
 
 
 
 
突然 !
 
 
 
「 ごおるぁ〜 この チャンネル 使うな !」
 
 
 
 
( わ っ ! )
 
 
 
思わず
 
トランシーバー
落っことし そ〜 に なる
 
 
1km圏内に 恐い おっちゃん が おる !
 
 
雑音の無い この鮮明な聞こえ方は 200m 以内 や !
 
 
 
( おろ おろ … )
 
 
 
 
 
とっ!
 
 
 
トランシーバー 持つ手が 急に 引っ張られる
 
( れ れっ ! )
 
 
 
T女史 ワタシの握っている トランシバーを 引っ張って
 
そのまゝ 会話ボタンを 押して
 
 
 
「 なんじゃ〜 とぉ〜 ごるりゃ〜 !」
 
 
って
 
 
怒鳴り
 
トランシバーから
手を離し 
 
 
ほんで
 
 
知らん顔で
 
煙草に火をつけ
 
 
 
鼻から
 
煙
 
…
 
…
 
 
( おい おい !
 
恐い おっちゃん が 見たら
 
ボクちゃん が タンカ切った と 思う やん け !! )
 
 
 
 
走っている 周りの車が
 
みんな コワく 見えてきた
 
 
ビコッ
 
( わ あ  受信前の 音や ! )
 
 
 
 
 
「 殺っそ〜 わりゃ〜 ! 」
 
 
 
 
 
 
 
ワタクシ 
 
トランシバーのスイッチ
 
 
を
 
 
 
 
切る
 
 
 
 
 
 
ん〜 
 
で
 
 
 
後の こと
 
覚えてません
 
 
 
まったく
 
 
 
 
 
他の 2台の車と 連絡が ついたやら…
 
ワニ料理を 喰ったやら…
 
 
 
 
 
 
全然
記憶に 
ございません。
 
 
 
( ふ 〜 ぅ )
 
 
 
 
 
完了
 
高校野球 終わったん? AM7:00撮影

2006.8.22

トランシーバー 
 
おまけ �@
 
 
 
 
30年程 
昔の話
 
 
 
神戸
六甲
の
摩耶観光ホテル
で
の
モデル撮影
 
と
 
いっても
 
元摩耶観光ホテル で
 
 
 
 
廃墟
 
 
 
での
 
一泊二日の撮影 で
 
10人ちょいの 撮影クルー でした。
 
 
 
 
 
 
車 三台に分乗しての 大阪からの 移動
 
ヘアー&メイク&スタイリストの Kさん (関西では御大の女史)
 
その アシスタントの Mちゃん
 
 
 
Mちゃんは まだデビュー して 間なし な 女子
 
 
 
御大Kさん は 礼儀 躾(しつけ) に やかましく
歴代のアシスタントは 
みな それ そ〜 と〜 に デビュー していくのを 
ワタクシ達は 見てました。
 
 
 
 
神戸に向う 車には それぞれ 
 
トランシーバー 1台を 配布されていて
 
何かの折に 連絡を取り合う って こと に なりました。
 
 
 
阪急の十三駅が 横に見える頃
 
御大Kさんの声が トランシーバーから 聞こえました。
 
 
「 え〜 今から Mちゃん が 歌のサービスをします ど〜 ぞっ 」
 
他の 2台の 車輌から
 
 
 
「 了ぉ〜 解  どうぞ 」
 
 
 
Mちゃん バスガイドみたいに
 
歌うんや … !
 
 
なンやろ?
 
 
と
 
ちょっと
 
余興に
 
期待
 
 
 
 
で
 
Mちゃん 
 
 
 
「 では M 歌いますっ ! 」
 
 
 
 
 
 
「 ♪ 困っちゃうなぁ〜 ○○こ に 毛が生えたぁ〜 ♪  」
 
 
 
 
 
 
みんな一同に
 
 
ズルッ! 
 
 
 
おい! おい!
 
 
 
オイら 男子も 困っちゃう ぜっ !
 
 
 
 
Mちゃん 3番まで 歌い切りました。
 
 
 
 
3台の車から 拍手 拍手 で
 
クルー全体が 楽しい気分になって
 
良い状態で 撮影が出来た と 思います。
 
 
 
夜の 元摩耶観光ホテル内の 宴会でも
 
ストロボのケースを
 
お立ち台にして
 
Mちゃん 再演
 
 
 
 
ヤンヤの 喝采でした。
 
 
 
何故か 
男女の外人モデル 
4人にも
受けてました 
 
ね 。
 
 
 
 
 
 
楽しい 
 
思い出
 
です。
 
 
 
 
 
 
 
・山本リンダの 『困っちゃうな』 の替歌 (←春歌)
 
 
・Mちゃんは その後 H・M&Sとして 
 
バブル期 大活躍され
 
今 
 
ワタクシの ご近所さん で 
 
主婦として 二人の子の お母さんとなっています
 
たまに 街で すれ違って 
 
「やあ!元気?」
 
って
 
しています。
 
 
・御大Kさんは 
 
京都で
 
料理研究家として 
 
たまに
 
TVで 拝見してます。


・元摩耶観光ホテルは
現在 
『立入禁止』になって
心霊スポットのようになってます
が
当時は
神戸市の管理下で
撮影等に
貸出をしていました。
 
 
続 く の ?
 
 
 
赤トンボが舞ってる 残暑 。AM6:30撮影

2006.8.21

ラジャー ラージャ ロジャー
 
�F
 
 
 
 
「 Nくん ちょっと 打合せ しよ か… 」
 
 
 
食後
の
コーヒー・タイム
 
 
 
自販機の 置かれた 控え室 へ
 
 
 
 
8ozのチーフ Nくん と リーダー Sくん
 
に
 
「 Eさん (カメラマン) に 頼んで 二重露光してもらお か 思てんねん … 」
 
「 手直し しよお と 思たら 全部 バラさな あかんし な… 」
 
と
 
ワタクシ
 
 
 
 
 
つまり
 
 
 
車2台 と バックを 別々に 露光して
 
色反射を おさえる
 
と
いう
方法
 
 
車の撮影の時は 黒の遮幕で バックを 覆い
 
バックの撮影の時は 反対に 車を覆う
 
という 作戦 である 
 
 
 
Nくん Sくん 同意
 
 
「 よし ! 」 「 やろか ! 」
 
と 立ち上がろう かな
と した時
 
 
に
 
 
 
Nくんが
 
「 苦労さん トランシーバー 止めませんか … ? 」
 
 
 
Sくん も うなずいている
 
 
 
「 気合 入りません ねん なんか…  」
 
 
 
 
 
『 ほんまやなぁ ボクも そ〜 思とってん 』
 
『 なんか 楽 に なった よ〜 や けど…   なんか しんど なってきた…    って かぁ シンキ臭い か なぁ 』
 
 
と ワタクシ 同意
 
 
 
 
 
『 よし いこ か ! 』
 
 
 
 
自販機の ブーン という 低い音さえ 快く 聞こえた
 
 
 
 
 
 
スタジオに 戻る
 
 
Eさんに 二重露光の お願いをする
 
 
快諾!
 
 
 
 
スタジオの隅で Nくん Sくん 
他の8ozのメンバーに 説明をしている
 
 
 
「 ポラ いきま〜 す ! 」 Wさん
 
 
 
ハウスアシストの Yくん ギャジットへ ダッシュ!
 
タイプ55のポラホルダーを ガチャガチャ いわせている
 
 
 
Sくん ‘Oスタジオ’のチーフ Tくん に ライトの点滅の段取りを 
 
大声で 説明している
 
 
 
Nくん
 
「 クロシャ(黒の遮幕)を 動かす時 ゴミ&ホコリ 出るから 気ぃ〜 つけてや っ !
ほんで スプレー (つや消し) 絶対に ドンタッチ や で !」
 
大声
 
 
 
 
プロヂューサ&ディレクターの Wさん
 
 
「 インカム 止めたン やぁ ! 」
 
「やっぱ 生声 (なまごえ) は えゝ な あ … ! 」
 
 
 
 
 
 
露光時間は 倍以上 掛かりました が
良い 仕上がりの ライティングに なりました 。
 
 
 
終電までに
撤収 含め 
終えました
 
が
 
やはり 
 
焼肉の‘はや’で
明け方近くまで
痛飲
 
そして
 
全員
‘サニーストーン・ホテル’
で
爆睡
 
 
 
翌朝
メンバーそれぞれが
次々と
違う仕事場へ と
散っていく
 
 
で
 
ワタクシは
それ以降
スタジオ内での
インカム使用は
止めて
 
大声
 
に
 
戻し ました 。
 
 
 
‘Oスタジオ’は
レンタルを
止めた と 
聞いています。
 
 
 
御仕舞
 
たま の 雨  また よろし
 
2006.8.19

ラジャー ラージャ ロジャー
 
�E
 
 
江坂の ‘Oスタジオ’は レンタルスタジオ
 
 
オープンして 
まだ 
数ヶ月しか経っていない
 
 
こゝの 
�bPst 
は
 
スタジオの間口が広いので
 
‘大型商品’や‘建て込み材’などの搬入が
 
便利だったので
 
自然
 
ワタクシの仕事も こゝが 多くなった
 
 
 
で
 
 
ワタクシは
こゝで
 
缶詰 が
 
続いている
 
 
 
 
江坂駅前の
‘サニーストーンホテル’に
まだ
一週間くらいの
連泊の
予約をしている
 
 
 
きのう 
まで
の
 
3日間は
 
同じスタジオ �a@で
 
‘Oガス’関連の
システムキッチンの
セット撮影
 
 
 
 
6メートルの 吹き抜けのキッチン
 
 
 
 
大きな 
天窓から
降り注ぐ
光線
 
スタジオに 
煙を 
焚きつめ
 
光線引き
 
 
 
20Kwのスポットを
バトンに縛り付ける
と 
いう
危険な状態での
ライティング
 
を
 
昨夜
21時
終えて
 
 
 
パチ パチ パチ
 
 
「 お疲れさん! 」
 
と
拍手
 
 
を
し
 
江坂駅前
 
焼肉の‘はや’で
 
8ozの
みんなと
 
したたか
ビールを飲み
 
 
未明 に
 
‘サニーストンホテル’ へ
 
 
 
 
 
きのう とは 違う
8ozメンバーと
 
「 お早うございますっ! 」
 
と
 
今朝 9時に 同じスタジオに 入る
 
 
 
 
 
そうして
 
 
 
明日
 
から
は
 
また
 
 
 
建材メーカーの 撮影
 
・天井材
・壁材
・床材
 
の建て込みセット撮影
 
 
建て込みの 予定日 が 
丸一日 
ある
ので
 
 
今夜は
家に帰りたい
 
気持ち
 
 
 
 
 
しかし
 
 
今
の
この仕事
 
この まゝで いく と
 
終電には
全然
間に合う時間 じゃ〜 なさそ〜
 
 
やっぱ し
 
ホテル住まいになり そ〜
 
 
 
 
 
 
 
目の前
 
には
 
 
 
 
 
遅い
晩飯の
幕の内弁当
 
吸い物は
とっくに
冷めている
 
 
 
扉を開けたスタジオ
 
 
 
‘Oスタジオ’の 他のスタジオマンが
 
「 わ ぁ 〜 F1 カー や〜 ! 」
 
とか
 
「CIMA や !! 」
 
 
 
と
 
 
 
CIMA (シーマ)) も
 
発売されたばかりで
 
まだ
 
街では 走っては いなかった時代
 
 
 
パール・ホワイトの厚い塗装で
 
高級 ! そのもの !
 
それに
 
同じ様な 
塗装の 
エアロパーツ
 
 
フロント&サイド&リアに 
スカートを
巻きつけて
 
リアウイング まで 装着
 
 
 
 
 
買い物帰りの オバちゃん や
 
散歩がてらの おっちゃん も
 
覗く
覗く
 
 
 
 
どこで 
ど〜
 
聞きつけたのか
 
 
 
ぞくぞく と ‘族’っぽい ニ〜チャン も
 
スタジオの 扉に
 
ヘバり付いて
 
奇声を上げだす。
 
 
 
 
 
ワタクシ
 
 
 
とても
 
 
 
疲れる 
 
 
 
 
 
ぞくぞく と 続 く
 
 
お盆 開け の 空  
 
 
 2006.8.18

ラジャー ラージャ ロジャー
 
�D
 
 
 
トランシーバーで ライティング 指示
 
って
 
ある意味 
 
快適
 
でした 
が
 
 
テンポが
 
無くなります 。
 
 
 
『 それ も〜 ちょい 右 に して 』
 
「 これ 位 です か? ね … 」
 
『 あ〜 そ〜 やな ぁ … 』
 
と
 
コソコソ と 相談
 
見たいに… 。
 
 
 
 
夕方 
5時
 
頃
 
 
ライティングに 
行き詰まりました。
 
 
バックのホリゾント 
 
全体は 青色ゼラチンで
 
所々に 赤系 白系 を 加えて
 
空気が流れているような 照明
 
摩訶不思議で 幽玄な 
 
ライティングを 求められました
 
が
 
 
 
 
それは
 
それで
 
出来たンですが
 
 
 
その バックの 色 が
 
影響して
 
F1のレーシングカーが
 
ミョ〜 な 
 
色浮き
 
 
 
 
ホリゾントと
 
F1カーの
 
距離が
 
あと
 
3メートル
 
離せれば
 
無問題
 
な
 
のに …
 
 
 
 
 
そ〜 で なくても
 
 
カメラの ‘引き’ が 足らず
 
スタジオのシャッターを 開けて
 
スタジオ前の駐車場に イントレを 置いて カメラを 据えている
 
 
 
スタジオのマネージャーが
 
慌てて
 
飛んで来て
 
「 駐車場で カメラ 構えるのは ちょっと… 」
 
と
 
 
 
で
 
プロヂューサー の Wさん
 
 
「 駐車場 全部 借りるわ ! 」
 
 
 
 
「 なんぼ 払ろたら え〜 ん や!」
 
と
 
一喝 !
 
 
 
 
 
ん〜 で
 
‘色反射’に悩む ワタクシに
 
心配そうに Wさん は
 
「 苦労ちゃん それ 気になるか ぁ … ? 」
 
「 まあ  任す け ど な ぁ … 」
 
 
 
と 
 
 
 
 
( 見る人が見れば バレる )
 
 
( …って か オレは ヤ だ ! )
 
 
った
 
 
 
 
 
ほんま 続けンの しんどい ですぅ…
 
 
 
今日 ガンバれば 明日からは… AM6:30撮影

2006.8.11
 

閑話de休憩 &出張で
 
デジカメ雑記
 
 
 
 
トランシバーの �D が なかなか 書けません
 
文筆業は 難し〜  と  つくづく 思います…
 
 
( 誰が 芥川漱石 やねん!! )
 
 
 
遅々として進まず
 
( ちちとして すすまず )
 
母として進むくん
 
( なんの こっちゃ!! おやじギャグ! )
 
 
 
 
ん
 
で
は
 
 
 
 
 
一服  しましょう    ね
 
 
 
 
 
 
ワタクシ 
 
プライベートのカメラは
 
デジカメ オンリーです
 
 
初代
は
 
カシオが発売した
画期的な
デジカメ
 
QV−10
 
 
 
から
 
 
今の
 
 
サンヨー の ‘Xacti’
まで
 
 
何台の何種類のデジカメを 手にしたのかな ぁ ?
 
 
 
そうそう
 
SONYの ‘Ruvi’
 
ビデオ兼デジタルカメラ の 1台2役
30分の動画&350カットのフォト
ただし
モニターは見ずらい
 
( 室外では ほとんど 見えない! )
 
あれは 名機 でした…
 
でも
 
すぐに 
 
製造中止に 
なりました
けど
 
 
 
きのう
 
‘Xacti’に
 
‘CANON WIDE ATTACHMENT WA-34’
 
を
無理やり
アタッチメントし
 
魚眼の様な ‘絵’が出来たので
 
楽しくて仕方ありません
 
 
 
なんか 撮るモン ないかな ぁ …
 
 
 
 
   ルン ♪ ルン ♪
 
 
 
 
デジカメ ネタ 読切
 


 
魚眼で定点撮影をサービスします

2006.8.10
 

今日は・・・出張させてください。

台風は・・・行ってしまいました。 AM6:30撮影

2006.8.9


ラジャー ラージャ ロジャー
 
�C
 
 
 
遅く 入ってきた
 
プロデューサーの Wさん
 
スタジオに入るなり
 
 
「今日は 葬式か ぁ ?」
 
 
「 静かやな … 」
 
 
 
 
 
雑誌 「CAR GRAPHIC」 (カーグラフィック) の
 
見開き広告の撮影
 
 
モノ(商品)は アルミのホイールとエアロパーツ
 
 
F1(エフワン・フォーミュラーワン)のレーシングカー 
と
 
エアロとアルミホイールを装着した
日産 CIMA (シーマ) 
 
平行に並べての 撮影
 
 
 
場所は 江坂に オープンして まなしの Oスタジオ No.1st
 
 
 
8ozスタッフは5人
 
その内 2名は ヘッドセットを装着
 
ウエストバックのベルトに トランシーバーを ブラさげている
 
 
 
ワタクシも ヘッドセットのマイクに
 
物静かに 指示を 語りかける
 
 
 
Wさん イントレの下から
 
「 苦労ちゃん ど〜 したん?   インカムなんかして…   ビデオのチーム みたいやでぇ〜 」
 
 
 
 
 
ワタクシ トランシバーの スイッチを 切って
 
 
 
『 スマートに 行こ! と 思いましてね… 』 
 
 
「そ〜 か …   苦労ちゃんの シャウト 聞きたい な … 」
 
 
『 ま〜 今日んとこは こんな 感じで … 』
 
 
「淋しいな…   なんか 活気が…  」
 
 
 
 
 
あの頃
 
 
 
東大阪の あちこちの町工場で
 
エアロパーツやホイールを 製造していた
 
‘族’の御用達
 
 
プロデューサーのWさんと 新製品の 打合せで 
 
あちこちの工場 よく 行った
 
 
 
毎年々々
 
町工場たち は 金持ちに なっていくのが 目に見えて 分かった
 
 
 
原価 数十円 が ン十万円を 叩き出す 商品
 
‘族’仕様の グッズ
 
 
 
 
自動車メーカーは まだ それらを オプションとして 製造する気がなかった ので
 
町工場の やり放題だった
 
 
Wさんの オフィス も 仕事内容 も 日一日と 拡大していった
 
 
 
あの頃
 
 
 
 
 
 もっと 続 もっと
 
 
昨夜から
台風の影響で
東の風が 強い
AM6:30撮影

2006.8.8
 

ラジャー ラージャ ロジャー
 
�B
 
 
1986年
  ↓
1991年
 
 
バブルの頃
 
 
 
毎日々々
 
撮影規模が
大きのンが 
続きました
 
 
ライト機材は ほゞ 映材(映画機材)屋さん で チャーター していました。
 
 
 
 
そんな時 
 
2度ほど 
 
映画用機材が 
関西から 一切 消えた こと が ありました。
 
 
 
映画 「ブラック・レイン」と「乱」の 撮影が関西方面でロケした時の事でした。
 
どこの映材屋さんに連絡しても 「機材 一式 出払っています!」
 
 
( そんな アホ な ! )
 
 
 
いつも お借りしている M社の Hさんは
 
「何も 貸し出せないです 現場で 何が 発生するか 分からないので 
 
全機材スタンバイ 押さえられてます 申し訳ないです…」と 
 
申し訳なさそうに (笑みを浮かべながら?) 話してました。
 
 
 
あの時は 
 
大変 困りました…
 
 
 
 
でも
 
気持ちの中で
 
天下の
リドリー・スコットさん
黒澤 明さん
の
両監督と
張り合った
ような
気分
を
密かに
 
楽しんでました。
 
 
 
あゝ 
 
トランシバー の 話 でした ね …
 
 
 
で
 
光源堂
の
仕事
は
 
スタジオ面積が広く
 
ライト数も多いのが
 
フツ〜 です。
 
 
 
 
あ! 
そ〜 そ〜
思い出しましたっ!
 
 
ジュエリー(宝石)のライティングの依頼も 比較的 ありました 
 
モノは小さいンです 
 
が
 
スタジオの広さ や ライトの数は
 
やっぱ
 
デッカい 
ほど 
 
スムーズです よ 。
 
 
 
又々
横道
すンません !
 
トランシバー 
 
でした 
ね
・
・
・
 
 
ワタクシ
 
朝から 晩まで 広い スタジオで 大声 出し
 
当然
 
大声を出すのンも そ〜 ですが 
 
日々の 疲労が 激しかった です。
 
 
 
 
ほんで
 
 
ちょっと 疲れた顔を 出した ワタクシに
 
当時の8ozのチーフの Nくんが
 
「苦労さん トランシバー 使いはったら ど〜 です か ? 」
 
と
 
提案がありました。
 
 
 
 
続
 
今日も
仕事の後の
シャワーとビールの為に
AM7:00撮影


2006.8.7

ラジャー ラージャ ロジャー
 
�A
 
 
 
八尾空港に向う 車の中
 
 
 
カメラマンで 博学な Dさん
 
パジェロを運転しながら  
 
 
 
「苦労ちゃん えゝ トランシーバー 持ってる やん」
 
 
「オレも 昔 それの上級機種 持ってたこと あるけど…」
 
と
 
Dさん 得意のウンチクが 始まった
 
 
 
 
しばらく 
黙って 
時間が
過ぎるのを 
 
待つ
 
 
 
ひとしきり 話し終えた Dさん
 
「苦労ちゃん 『ラジャー』 って みんな 言う やん」
 
『は〜 』
 
「あの意味 知ってる?」
 
『了解の意味です よ ね … ? 』
 
「調子に乗って 『ブラジャ〜』なんか 言う 奴 おるけど あの意味はな… 」
 
と 続けたんですが
 
 
 
 
要約すると
 
 
「了解!」の意味なんだけど
 
 
 
英語の 『received』(レシーブド)
 
日本語で 『受け取りました』 『了承しました』 『納得しました』
 
つまりは 『了解』で 良いんです が
 
 
 
 
で
 
話は ちょっと 変わりますが
 
 
 
 
電話で
 
 
『もし もし 苦労田ですが…』
 
「は〜? どちらさん?」
 
『くろうだ です』
 
「はぁ? うおださん?」
 
「“うお” ではなく って 
 
クラブの“く” に ローマの“ろ” 上野の“う” に … 」
 
と 言う 言い方しますよね?
 
 
 
それの
 
英語版です
 
 
 
通信の最後に 
 
「received 」
 
と 言った時に
 
 
『は〜? 何 言ったんだ?』
 
「 r  e  c  e  i  v  e  d 」 (聞こえてね〜のか? つんぼ!)
 
『 何 だって!?』
 
「R E C E … 」
 
『アリー だって?』
 
 
 
 
で
 
この時
 
「ロジャーの“R” エコーの“E” チャーリーの“C” … 」
と
言う
言い方を
する
そ〜 
なんです
 
 
で
 
軍の決まり事 として
 
了解 = ロジャー
 
と
なった と さー
 
 
 
と 
 
云う話を 
 
Dさんが 聞かせてくれました
 
 
 
「みんな ラジャー って 言うけど 実は “ロジャー”って 男の子の名前 やねん でぇ〜 」
 
 
 
 
Dさん の 話は いつも 長々しく
 
 
疲れる
 
 
 
 
 
 
今から 
 
八尾空港の格納庫を借りて
 
ヘリコプターの切抜きの為の撮影
 
 
小型とはいえ
 
10メーターちょいの全長
 
高さ 3メーター
 
を 
 
スーパースノーのバック紙を 
 
シワなく 張らねば ならヌ
 
その仕事で 
 
2時間
 
 
 
そして
 
ライティング
 
3時間は 欲しい
 
 
 
だ 
のに
 
格納庫のレンタル時間は 5時間
 
搬入&撤収 時間が 無い!
 
 
 
なんて
 
考えて いる ワタクシ
 
 
 
(今 ロジャー君の 話は 要らないン だぁ…)
 
 
 
 
で
だ
 
結局の所
 
 
撮影
5時間の約束を
スレスレ
守り
 
ん
で
 
 
 
帰路に着く
 
 
 
 
ワタクシ
疲れていたので
 
パジェロに乗らずに
荷物満載の
8ozのポチ1号に
乗り込む
 
 
しばらくして
 
トランシーバーから
 
 
「苦労ちゃんら 飯 喰いに 行けへんか?」 と Dさんからの お誘い
 
 
「何 喰いたい?」
 
って
聞かれたので
 
 
 
 
ビールを飲める所が良い むねを 伝える
 
 
 
 
そー したら
 
トランシーバーから
 
Dさん
 
「オヴァ〜!」
 
って
 
大きな声で
 
帰ってきた
 
 
 
 
 
 
嗚呼
 
 
 
 
 
 
オヴァー(OVER) = 了解
 
 
朝日の“あ”
いろはの“い”
上野の“う”
英語の“え”
大阪の“お”
 
アルファーの“A”
ブラボーの“B”
チャーリーの“C”
デルタの“D”
エコーの“E”
 
 
続けます 
 
 
 
クマゼミ野郎が 鳴いてます

ラジャー ラージャ ロジャー
 
�@
 
 
昨夜 
 
マネージャーである 妻が
 
トランシーバーを持って帰りました。
 
 
 
ある大掛かりな撮影現場で
 
メンバーから 「 必要! 」 と言われ
 
 
 
梅田ヨドバシで購入
 
 
 
 
早速
 
単四電池 3本を セットし
 
やって
みた
 
 
阿呆
息子と
 
 
 
『 おまえ は アホか どうぞ … 』
 
「 了解! 」
 
と 
 
訳の分からない 会話
 
 
 
『 おまえ の 生声が 聞こえるから 庭に 出ろ! 』
 
なんて
 
楽しい
ひと時を
過ごしました。
 
 
 
 
そこで
 
思い出したンですが
 
 
 
トランシバーに まつわる 話
 
 
 
 
ライティングの仕事をしていた
 
光源堂
の
時代
 
の
 
話
 
色
々
 
 
 
アラカルト
 
で
・
・
・
 
 
続ける
 
 
猛暑 酷暑 ドッコイショ  AM7:00撮影
 
2006.8.4

出張します
 
 
暑いです
 
 
お元気ですか? 
 
 
 
まめに 
水分補給
を
 
 
バイチャ!
 
芝生を 刈らねば… AM7:00撮影

2006.8.3
 

「ヒデ」 って 聞いて ?
 
 
 
 
やっぱり
 
一番
に
思い出すのが
 
「ヒデとロザンナ」
 
で
す
 
よ
 
ね
ぇ
 
 
 
1968年
 
「愛の奇跡」
で
鮮烈に
デビュー
 
♪アモ〜レ♪
 
 
 
 
 
その次 が
 
「野口ヒデト」
 
ご存知ですか?
 
GSバンド
 
「OX」(オックス)の
 
リードボーカル
 
ねちっこい
歌い方の
 
「ガールフレンド」 1968年
 
良かったね!
 
 
 
 
そして 
 
 
 
最近 
 
覚えた 
 
「ペケ・日本」の 
 
「ヒデ」
 
で
 
知った
頃
に
は
死んで
た
 
 
 
 
 
ん
 
で
 
先月
 
 
『 ヒデ 引退 』
 
 
って
聞いて
 
 
 
 
どの
 
「ヒデ」?
 
 
 
 
 
と
 
考え
込む
ほど
 
 
現
世
に
 
疎
い
  
ワタクシ
 
で
す
。
 
 
 
 
20世紀で
終わってる 
やん!
 
 
 
チャン!チャン!
 
 
本日 も 晴天 也  AM6:30撮影

2006.8.2

花火 の 思い出
 
最終編
 
 
 
さっきの 
 
大ナイアガラの仕掛け花火は 終わり
 
 
ボー ン   
 
 
ボー ン   
 
 
ボー ン
 
 
と
 
ゆっくりと 間隔を 置いて
 
 
大玉が 
 
連打で
 
打ち上げられている
 
 
いよいよ
 
芦屋サマーカーニバル 2006 花火大会 も 終わろうとしている
 
 
 
 
 
PCのモニターを見たまゝの息子に 向って
 
 
 
『 最後の マッチが 失敗やってん なあ … 』
 
「 真ん中に 炎 って 絵にならンの…? 」
 
『 違ゃう! 違ゃう! 』
 
「 ? ? 」
 
『 センターの 火が 適正露出 出しよってん 』
 
「 ? ? 」
 
 
『 プリントされた ヤツ 見たら… 
 
 ( ブリキの蚊取り線香の金具付近が ちょっと(炎で)白けて
 
  それ以外は フツー に 写ってた。 
 
  つまり 線香の燃えカスが ポトり ポトり と 
 
  渦状に 落下している だけの フツーな 絵 )
  
                     やってん なあ … 』
 
「 光の渦巻き は? 」
 
『 アホやな〜 それは バックが黒かったら 表現できるン であって 
 
  フツーのバックでは 消えてしまう ねん… 』
 
 
 
「 あゝ そー っか ぁ 」
 
 
 
 
花火は 終わった ようだ
 
 
 
 
あの
 
高校一年生
の
夏休み
 
 
1967年 8月
 
 
 
今の息子より 年下で
今の息子より 幼かった 気がします
 
 
 
 
その後
 
Tくんは 高校を卒業し 彼は D日本印刷へ
 
ワタクシは ライバル社の T版印刷 へと
 
 
 
その後 Tくんは カメラ小僧 を 忘れられず D社を退職し
 
N本大学 G術学部 S真学科 へ
 
一年後 ワタクシも その大学へ
 
 
Tくんは 卒業し 
 
今は 長野県の ペンションを運営している
 
 
ワタクシは 3年間 在学していましたが 
 
ずー っと 1回生のまゝで 退学し
 
現在に 至る
 
 
 
 
先日 
 
三輪崎に行きましたが
カメラ屋さん は 既に 無く
 
あの楽しかった
三輪崎の
海水浴場は
閉鎖されていました
 
 
 
あの頃
 
ザ・カーナビーツのアイ高野が
ヒステリックにドラムステックを振り回し
 
♪ お前の すべ〜てを ♪
 
って
歌ってた 頃
 
(好きさ好きさ好きさ)
 
 
お疲れ様でした!
 
夏本番 8月の始り AM6:30撮影
 
2006.8.1